第28話 名前、かっこいいからね

「うう……」


 上下黒いパジャマに身を包んだ死神さんが、小さく唸りながらテーブルに突っ伏しています。その前にある将棋盤には、それはそれは酷い局面が広がっていました。


「死神さん。やっぱり、『鬼殺おにごろし』じゃどう頑張っても限界がありますよ。別の戦法の方が……」


「や!」


 ……死神さんって、たぶん僕より年上だよね? 年齢聞いたことないけど。


 目の前にいる死神さんは、どう見ても駄々をこねる子供です。


「はあ……。どうして死神さんは、そこまで『鬼殺し』にこだわるんですか?」


 それは、ずっと疑問に思っていたことでした。僕は、死神さんが『鬼殺し』以外を指すところを見たことがありません。もしかしたら、そこには何か深い理由があるのではないでしょうか。


「だって……」


 死神さんは、ゆっくりと顔を上に向けました。透き通るような白い肌。ほんの少し尖らせた唇。ウルウルとした目が、正面に座る僕を、上目遣いにまっすぐ見つめます。


 そんな死神さんの姿に、思わず息をのむ僕。心臓の鼓動音が、だんだんと大きくなっていきます。このままではいろいろとまずい。そう考え、僕は、死神さんを視界に捉えないように顔をそらしました。


「……? 君、どうして顔そらしたの?」


「な、何でもないですから。そ、そんなことより、死神さんが『鬼殺し』しか指さない理由、教えてください」


 僕の言葉に、死神さんは「そうだったね」と思い出したように呟きました。そして、その理由を口にします。


「名前、かっこいいからね」


「……へ?」


「名前、かっこいいからね」


「いや、聞こえてますから」


 いつの間にか、死神さんは、ふふんとドヤ顔を浮かべていました。どうしてそこでドヤ顔になっているのか、僕には全く分かりません。ですが、分かったことが一つあります。


「それだけの理由……ですか?」


「む! それだけとは失礼な。自分が気に入った戦法で勝たなきゃ、楽しくないでしょ!」


「は、はあ」


 負けず嫌いの死神さん。それにも関わらず、彼女は、勝つための将棋ではなく、楽しむための将棋を指そうとしているのです。


 まあ、でも……死神さんらしいといえばらしい……のかな?

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