第19話 ……勝手すぎます

「僕の……大切な人……?」


「そうだよ」


 死神さんは、ゆっくりと頷きました。そして、言葉を紡ぎます。


「私は、君のことを虐げたりしない。

 私は、君の前からいなくなったりしない。

 私は、君に、死ぬこと以上のたくさんの幸せを届けたい。

 君が、私のことを大切だって思えるように。

 君が、私と、心から楽しんで将棋ができるように」


 僕の体は、まるで石にでもなったかのように固まってしまいました。死神さんが何を言っているのか、僕にはよく分かりません。ですが、これだけは分かります。死神さんが、冗談を言っているわけではないということが。だって、死神さんの目は、三日前の将棋で見たものと全く同じだったのですから。僕の脳裏にこびりついているあの眼差し。対局中、死神さんが見せた真剣な眼差し。


 沈黙が続きます。僕も、死神さんも、互いに何も言いませんでした。ただ黙って、お互いを見つめていました。


 しばらくして、沈黙を破ったのは、僕の声。


「……勝手すぎます」


 僕の声は、自分でもはっきりと分かるくらいに震えていました。


「僕に勝ち逃げされるのが嫌だから、僕を死なせてくれなくて。でも、僕が苦しんだままなのは嫌だから、僕の大切な人になろうなんて。……本当に、勝手すぎます」


「…………」


「僕が、周りの人に虐げられてたから、死神さんは、僕を虐げないでおこうってことですか?」


「……うん」


「僕の好きな人がいなくなっちゃったから、死神さんは、いなくならないでおこうってことですか?」


「……うん」


「僕が、死んで楽になりたいって思ってるから、死神さんは、それ以上の幸せを届けようってことですか?」


「……うん」


「やっぱり、勝手すぎます」


「…………」


「こんな、勝手なこと押し付けられてるのに……。なんで……なんで……」


 次の言葉は出ませんでした。


 僕の顔は、死神さんの胸に押し付けられていました。それと同時に、死神さんの手が、僕の頭を撫でます。何度も、何度も。これ以上ないくらいに優しく。


 僕はもう、耐えることができませんでした。

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