第12話 ふざけないでください!
「というわけで、私、君の魂を回収するのはやめるね」
大量のティッシュが捨てられたゴミ箱をもとの場所に戻した後、死神さんはそんなことを口にしました。
「……それ、どういうことですか?」
「実は、死んだ人の魂って、すぐに回収しないと、また元の体に戻って死んだ事実をなかったことにしちゃうんだ。つまり、私が、自殺した君の魂を回収しないでおくと、君は死なずに現世にとどまることができる。そうすれば、私は君と将棋し放題!」
「……は?」
「ふっふっふ。我ながらいい考え。君、残念だったね。勝ち逃げなんて、絶対にさせないよ!」
そう言いながら、ビシッと僕に人差し指を向ける死神さん。
魂を回収しない?
僕を現世にとどまらせる?
勝ち逃げさせないため?
沸き上がる黒い感情。沸いて。沸いて。沸き続けて。心を全て埋め尽くしたその時。プチンと僕の中で何かが切れる音がしました。
「…………」
「……おろ? どうしたのかな?」
「……ふざけないでください」
「……え?」
「ふざけないでください!」
こんなに大声を出したのはいつぶりでしょうか。僕の体は、怒りでフルフルと震えていました。
目の前に座る死神さんは、そんな僕を見て、驚きと怯えの入り混じった表情を浮かべていました。ですが、そんなこと僕には関係ありません。
「僕の気持ちも知らないで、何でそんな勝手なこと言うんですか!」
「…………」
「嫌なんですよ! こんな、先の見えない真っ暗な世界で生きていくの!」
「…………」
目の前の景色が歪んでいきます。僕の目からは、涙がとめどなく溢れてきます。それでも僕は、叫びます。叫ばずには、いられないのです。
「生まれた時から両親と親戚の人たちの仲が悪くて! 『鬼の子』なんてさんざん陰口たたかれて! 唯一、僕を気遣ってくれたおじさんが病気で亡くなって! 小学校でも中学校でもいじめられて! 一生懸命頑張って勝ち取った全国大会準優勝の賞状を、目の前で破かれて! 環境を変えるために地元から遠く離れた高校に進学した矢先に、両親が交通事故で亡くなって!」
部屋の空気がビリビリと振動するのが分かりました。僕の頭の中には、これまでの忌まわしい記憶が、次から次へとフラッシュバックします。その度に、胃の中から、何かが逆流するような感じに襲われました。
「散々なんです! 周りの人に虐げられるのも! 好きな人がいなくなるのも!」
「…………」
「……もう、楽にさせてください。お願い……しますから」
僕の叫びを、死神さんは、ただ黙って聞いていました。
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