第5話 将棋は私の趣味なんだよ!

「それで、死神さんが最初に言ってたことなんですけど……」


 僕は、死神さんの背中に話しかけます。ちなみに、死神さんは、床に刺さったままの鎌を光の粒に戻している途中です。


「ちょ、ちょっと待っててね。この鎌、先に消しちゃうから」


 死神さんは、焦ったようにそう告げました。


 鎌は、光の粒となり、もうすでに形を保ってはいません。いくつかの光の粒が、行き場を失ったようにフワフワと部屋の中を漂い始めます。


「えい!」


 死神さんが小さく叫ぶと、全ての光の粒があっという間に消えてしまいました。


「えっと……ごめん。この床の傷は直せないんだ。私、物を直す力は持ってないから……」


 僕に向かって、申し訳なさそうに謝る死神さん。


「いえ。どうせ僕、これから自殺しちゃいますし、いいですよ。ところで……」


「ああ、そうそう。最初に私が言ってたことね」


「はい。『死ぬ前に私と将棋しようよ』ってやつです」


 実際、それがどういう意味なのか、僕にはさっぱり分かりません。死ぬ前に将棋を指すというのもそうですが、死神と将棋、この二つが全く結びつかないのです。


「実はね……」


 突然、死神さんは、神妙な顔つきになりました。死神さんの綺麗な赤い瞳が、まっすぐに僕を見つめます。


 背中に感じる寒気。まさか、将棋をしないと僕が地獄に落ちてしまうとか? それとも、地獄よりもっとひどい場所に……。


「将棋は私の趣味なんだよ!」


「…………へ?」


「将棋は私の趣味なんだよ!」


「いや、聞こえてますから」


 先ほどの神妙な顔つきはどこへ行ったのやら。なぜかドヤ顔の死神さんがそこにいました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る