春の川、甘い花 弐

 雛ちゃんに大切なお話があります、と私は真剣な顔で言った。

「どうしたの、ユキちゃん。何があったの?」

 しばらく外には出てはいけない。

 庭にもあまり出てはいけない。

 当分は私がこの家に泊まる。伯父に話は通っている。

 ともかく、一人になってはいけない――

 心をこめて言い聞かせると、雛子は嬉しそうににっこりと笑った。

「ユキちゃんがうちに泊まってくれるの? 嬉しいな、たくさん遊ぼうね。そうだ、夜に鏡池へ占いをしに行かない? ユキちゃんの知りたいことをなんでも当ててあげる。それとも屋敷町にお茶を飲みに行きましょうか」

「いけません。おうちから出てはいけないって言ったばかりじゃあないですか」

 こちらの真剣さなどどこ吹く風だ。今日は珍しく長い髪を結いあげて、白い首筋を見せている。着物も白に近い灰に、藍で流水を描いた地味なものだ。口を開けば舌っ足らずで幼げな普段の雛子に違いないのだが、大人びた身なりのせいで子ども扱いをしにくい。理由も言わず頭ごなしに外出禁止を申し渡すのが躊躇われる。それでも、と強いて心を奮い立たせ、眉間に力をこめて怖い顔を作った。これも全ては雛子のためだ。

「駄目です。言うことを聞いてくださらなくっちゃいけませんよ。しばらくはおうちで遊びましょう。私がお相手しますから」

 雛子はぱちぱちと眼を瞬く。

 薄桃色の小さな唇が動き、ユキちゃんがそう言うのなら、とぽつりと言った。私は顔を背け、拳を握って爪を食い込ませた。私はこの子の悲しそうな顔に弱い。



 代替わりをしたユキちゃんは、稀に気が触れることがある。

 大抵は雛子に執着し、危害を加えようとすることもある。

 私たちはその現象を、忌避をこめて「壊れ内裏」と呼んでいる。

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