魚の娘、水の音 弐

 子供のころ、縁日には見世物小屋が出た。

 客になるのは青年から壮年の男で、女子供は寄り付かない。噂によると、肌を申し訳ばかりの毛皮で覆った山猫女や、鱗を描いた薄布を巻き付けた人魚、鬼子の娘などが主な出し物だったらしい。怖いもの見たさに子供同士でこっそりと小屋の裏に潜んでいったこともあるが、いくらも近づかないうちに用心棒らしき強面の男に見つかり、蜘蛛の子を散らすように逃げ帰った。男の怒声と観客の歓声に交じり、閉じられた扉の隙間から甲高い鳴き声がねっとりと聞こえてきた。子供の頃は猫かと思ったが、あれはもちろん、そういうものであったのだ。

 

 扉を開けて部屋に踏み込んできたのは二人の男だった。一人は見るからにいい身なりをした、いわゆる若旦那風の優男。もう片方はずいぶんと大柄で、物腰や態度からすると商人のようだ。

 商人が部屋の蠟燭に明かりをつけていく。

 そうして私と雛子が隠れるカーテンの前を通るとき、きゅっと片目をつむって見せた。私は驚いて立ち上がりかけたが、雛子がぎゅっと手を握ってくれたおかげで、かろうじて踏みとどまった。

「最上級品でございます。必ずお気に召しましょう」

 商人は真っ白な手袋を嵌めた大きな手で、寝台を覆う布をめくりあげた。

 若旦那はああ、と呻くような声を漏らし、震える手を伸ばして掛け布の向こうを掴もうとしたが、商人は穏やかではあるがきっぱりとした手つきで彼の手のひらを押しとどめた。

「旦那様、ご容赦を。これは見て楽しむものでございまして。むやみに触れれば傷みます」

 若旦那は半ば口を開けて、呆けたように掛け布の向こうを見つめている。

「しかし君、少しくらいはいいんだろう。これは古くからの愛玩物だというじゃないか。男なら見るだけで我慢できるはずがない。こんなにも美しい姿のものを――」

「それはようございましたが、どうぞ触るのはご勘弁を。目を楽しませるだけの生き物でございます。見ての通り、殿方のお相手が叶う身体ではございません」

 ちゃぷ、と微かな水音が鳴った。

 掛け布の向こうから聞こえたようだ。

「本性は獣にございます。鯉や金魚を飼うものとお思いになって、たんと可愛がってくださいまし。犬ほどには人の言葉を覚え、餌を与える人間には笑いかけたりなどいたします。ただ――」

 商人は言葉をたっぷりと溜めて、声を一段低くして続けた。

「まあ、なんですか、お身体を食い千切られた方もいたとか。扱いにはくれぐれもご注意を」

 若旦那はようやく商人を振り向き、「身体だと?」と夢から醒めたような顔をする。商人は重々しく頷いて見せ、「どことは申しませんが」と付け加えた。

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