桜の花、貸したもの 参

 雛子の家は広くて暗い。

 広々とした座敷や重厚な造りは立派な頃の名残をとどめるが、長く手入れをされずにきたせいで、ところどころ無残に荒れている。伸び放題の木々が黒々と影を落とす。風が吹くと枝葉がざあざあと揺れる。

 枝葉の陰にひっそりと、青色の女が立っている。

 格子戸を見つめて身じろぎもしない。三時間前に見た時からずっと、立ち位置も姿勢も何も変わらない。


「だって木だもの。動かないのも立っているのも、いつもと同じにするだけだもの」

「雛ちゃん、私、声をかけるの怖いです」

「大丈夫よ、ユキちゃん。なんにもできやしないから」

「そうでしょうか……」

「お願いユキちゃん、床の間にお花が欲しいの。前の枝はもう枯らしちゃったんだもの」

「……。まあ、雛ちゃんがそう言うのなら」

「ありがとう、ユキちゃん。食べ始めたら外で待っていてね」


 がたぴしと音を立てて格子戸を開ける。女は私を認めるなり、滑るように寄ってきた。

 ――ぉをお返しくださいまし。お嬢さまにお取次ぎくださいな。お貸ししたものを、

「お入りください、こちらへどうぞ」

 雛子に耳元で吹き込まれた台詞をやっとの思いで言い放ち、足を滑らせて廊下を急ぐ。ここは雛子の家であり、言うなれば怪物の巣窟だ。あの子がいいと言わない限り、滅多なことなど起こらない。それでも追われれば怖いものは怖い。ぬっと伸びてきた女の手をかいくぐり、襖を開けて客間に転がり込むと、

「さあ、ユキちゃん、襖を閉めて」

 大きな卓とその上の重箱と、卓の向こうにちょこんと座してにっこりと笑う怪物がいた。

 女は凍り付いたように動かない。私は、言われたとおりにした。

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