第10話
「世界は笑っていた」10
仮設住宅の住人達は絶望的な顔をしている。
僕と美月さんは目を背ける。
疲れ果てたボランティアの人が蹲っている。
海外からの物資を乗せたトラックが渋滞している。
一月前まで自分の魂に自信が持てずに鼓動の響きだけが生きている実感であった。この鼓動が止まったら僕は何処に行くのだろうか等と考えながら歩道橋から浮かぶ月を見ていた。
今は目の前の人達があの頃の僕以上に絶望を味わっている。
私は子供の頃から親の敷いたレールは歩いていた。何度も途中下車しようと思ったが勇気が無かった。自分の意志で動く事への恐怖心から自分の考えを心の底にしまっていた。窓口で必死にお金の工面を訴えかけてきた人を無表情に見ていた。いや、軽蔑していた。でも、あの天災で目が覚めた。自分の意志で歩いて自分の心を信じて他人のために何かしたいと何かしなければと思って動いた。でも、目の前の人達は誰かからの指示を待っているように思える。何をしたら良いのか解らずにただ下を向いている。大事な人や仕事や家を失ったとしても明日に向かってやらなければならないことがあるのに、どうすれば動きだすのだろう。私には解らない。サンチョさんを信じあることが私の正直な気持ち何があっても付いていく、そう決めた。
僕は遠くに見える東京タワーを見ながら思った。
「道を造ろう」
「道」
「そう東京タワーへ続く道を造る。昔の人が命がけで完成させた東京タワーだから、そこへ続く道を造るんだ」
「希望への道ね」
「そう希望への道」
「私も一緒に造るよ」
「うん。ありがとう」
美月さんは
僕の手を握った。温かかった。
僕達は瓦礫を避けるために重機を探した。
センスのない色をした三階建ての建設会社に大きな重機を見つけた。建物内へ鍵を探しに入ると入口には白熊の剥製や虎の剥製が並んでいた。
「怖いね」
僕は息を呑んで美月さんの手を握った。
「誰だ」
奥から声が聞こえた。
「すいません。重機をお借りしたくて」
僕は咄嗟に言った。
「何で重機が居るんだ」
「東京タワーへ続く道を造りたいんです」
返事が無い。
「瓦礫を退かすために重機が必要なんです」
奥から片足を引き摺った作業服のおっさんが現れた。チョビ髭のチャップリンみたいなおっさんである。
「東京タワーへの道を造ってどうするんだ」
「希望への道にするんです」
「希望」
「昔の人が創り上げた東京タワーはこの地震でも倒れませんでした」
「東京タワーは倒れてないのか」
「はい。倒れてません」
「そっかぁ親父、流石だなぁ」
「親父」
「よし。手伝ってやる」
「え」
「俺の親父は東京タワーを造るときの鳶だったんだよ。天辺に野球ボール置いてきたって自慢してたんだよ。確かに俺のボールがなくなってた。俺が東京タワーを造ったんだって自慢してたんだよ」
「そうだったんですか」
「重機乗れるのか」
「あ、いや、乗ったことありません」
「教えてやる」
「やった。ありがとうございます」
「明日ここに来い」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
僕と美月さんは声を揃えた。
次の日からおっさんと僕と美月さんは作業を開始した。
残念ながら僕には重機の運転の才能が無くて全然乗れなかったが、美月さんは天才的な操縦している。大きなコマツと描かれた重機を自由自在に動かしているのだ。おっさんはダンプを運転して瓦礫を運んでいる。僕はそれらの作業を写真に納めている。それしか出来ないのであった。
僕達が毎日作業をしていると、冷ややかに見ていた仮設住宅の人達も少しづつみ歩み寄ってきた。土木工事の経験者が他から重機を持ってきて手伝ってくれている。
気が付くと数え切れないほどの重機とダンプカーと燃料タンクを積んだトラックやクレーン車、あちこちに作業員とが集まっていた。上空にはヘリコプターが飛んでいて、自衛隊やレスキュー隊、行政も協力してくれた。
東京の復興が東京タワーへの道から始まったのだ。人々はその流れに乗り顔が明るくなっていた。ここに居る人達は全員悲しみを抱えている。でも、悲しみを乗り越えて明日への希望を見ている。
僕は泣いた。そして笑った。
安全な場所なんて無い。
そんな所は地球に存在しない。常に危険はある。それを幾度も乗り越えて乗り越えて明日がある。その為には皆で前を向かなくてはいけないのだ。
手を取り合って行かなくてはいけないんだ。
少しづつ道は進んでいる。
活発に動く人の行列は地球から見たらアリンコの行列何だろうな、それを見て地球は笑ってるんだろうなと……。
人の働きに感銘を受けた神々達は災いが起こらぬように離れた位置から見守ってくれている。
終わり……いや、はじまり
世界は笑っていた 門前払 勝無 @kaburemono
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