第9話

「世界は笑っていた」9


 都市部は全て閉鎖された。


 被災者達は救助されて地方自治体の用意した公団住宅や仮設住宅へと去って行った。

 首塚の周辺には人気は無くなり廃墟と化した街がただあるだけになっている。

 空には鳥が飛びその上には救出活動を続行中のヘリが飛んでいる。お堀にはカルガモの親子が泳いでいて避難所跡のテントが寂しく風に揺れている。慌ただしく被災者達を救助して、飲食物のゴミや荷物もあちこちに散らかっている。仮設ヘリポートへの案内放送が時折鳴り響く。皇居前と新宿御苑、国立競技場等。


 僕はこの瓦礫の山と化した東京から離れたくなかった。


 まささんは首塚の入口の階段に座り酒を呑んでいる。


 デブ天狗のブーチャンを始めカラス達も居なくなって僕とまささんと美月さんだけが残った。


「政府は東京を捨てたのか」

まささんは寂しそうに三杯目のワンカップを開けた。

「必ず復興が始まりますよ」

「大東亜戦争の時にも東京は焼け野原から立ち直ったがあの時は人々の活気がありワシの出番すら来なかった。今回はその人々が居ない」

まささんは寂しそうである。

 僕と美月さんもまささんの隣に座ってビールを飲み始めた。


 東京は三分の一が海へ沈んでしまった。

 臨時政府は埼玉県と千葉県に設置された。

 東京の復興は保留になり、生存者の救出活動は続いている。ヤッサンを始め古の神々達は日本政府と折り合いが付かずに元いた場所へと帰ってしまった。古の神々達は辛うじて残る建物を全て解体して新たな結界を誣いて東京を造り直す事を強く政府へ提案した。政府は予算編成と被災者達の命の優先、以外状況の把握などを挙げ神々の提案を退けたのである。


「サンチョよ。お前さんは人の住む場所へおねぇちゃんと行け。そこで新しく始めろ」

「そんな事出来ません」

美月さんも頷いている。

「東京が見える場所で行く末を見守るのだ」

「そんな」

「ワシは此処から動けん」

「動けたら去るのですか」

「去らんよ」

「僕らも留まりますよ」

「わかっとらんのぉ。お前らにはこの瓦礫をどかすこともできんだろ。一時離れて都を建て直す事に協力するのだよ」

「力を付けろというのですか、陰キャですよ。僕は」

「私が手綱を持ちます」

「え」

「お」

「サンチョさんの傍で東京の復興に向けて活動しますよ」

「傍で」

「なに赤くなってるんだ」

「あ、いや、んなことないですよ」

美月さんの悪戯な笑みは変わらない。


 僕と美月さんは神田のアウトドアショップから拝借してきた装備をしてまささんと握手をした。

「必ず戻りますね。今度はもっと立派な首塚を造りましょう」

「有難いけど、首塚だぞ、首だけで飛んで力尽きたところだぞ、あんまり立派なのはいらんよ」

「黄金像たてましょ」

美月さんは笑いながら言った。

「金一族か」

「っぽいですよね」

「こら、からかうな」

三人で笑った。


 僕と美月さんは救助ヘリポートへ歩き出した。自衛隊員の誘導でヘリに乗り込んで窓際に座った。僕と美月さんと他に三人の被災者を乗せてヘリは飛び立った。少しずつ浮き上がる機体の窓からは東京の全貌が見えてきた。ビルが倒れ隣のビルへもたれ掛かる。電車は架橋から垂れ落ちている。所々にまだ黒い煙が上がっている。六本木のワンドマークはピシャの斜塔のように今にも倒れそうである。しかし、その中にあっても東京タワーは堂々と立っていた。東京の景色は平らになっていて、東京タワーだけが目印になっている。


つづく

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