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「うわぁーすっごい高いビル。やっぱこっちは都会だよねー」

なるみさんは子供みたいにはしゃいで、座席の窓に顔を貼りつけて外の景色を眺めていた。


僕達は電車に1時間ほど揺られて都心部の街へ向かっているところだ。僕の住んでる街はお世辞にも栄えてるとは言えないところで、だいたい僕達くらいの年齢になると遊びに行くと言えば少し遠いけれどこっちの方までくる。


「ほんとだね。やっぱこっちは都会だよね」

僕は何回も来ているけれど、やっぱりその度に感動する。目的地に進むにつれて景色は森や畑や湖から工場、住宅街、高層ビルに変わっていく。田舎は静かで人も少なくて僕は好きだけれど、やっぱりこういう騒々しい煌びやかな街に憧れみたいなものもある。


「あ!玲くん見て!馬がいるよ!」

なるみさんは僕の服の袖を掴んでぐいぐいと引っ張った。

「あぁ、ほんとだ。珍しいね」

「馬っておっきいんだねー」

なるみさんは初めて見るみたいに興奮していた。

僕はここが競馬場だというのを知っていたけれどあえて言わない事にした。競馬場が見えて来たってことはそろそろ駅に着く頃だ。

「なるみさん。もうそろそろ着くよ」

「え、そうなの?やったー!」

そう言うとなるみさんは「んーっ」と声を出しながら大きく伸びをして、降りる準備を始めた。

「着いたらまずはご飯にしよっか」

「うん、そうしよー。なに食べようかなぁ」

「ラーメンとかどうかな?」

言ってすぐにハッとした。初めてのデートでラーメンってさすがにダメだよな。

そんな事を一瞬考えていると、なるみさんは嫌な顔せず、むしろ笑顔で

「うん、いいね!私ラーメン大好きなんだぁ」

と言った。


「そっか…よかった」

彼女は本当に子供みたいに無邪気で僕はひなせさんと重ねてしまった。



「今日はごめんね。私のわがままに付き合わせちゃって」

ラーメン屋に入って席に座ると、なるみさんは少しだけどこか寂しそうな顔をした。


「いや、全然大丈夫だよ。僕もなるみさんと一緒にいたかったしさ。それに、学校はまだ行きづらいし…」

「…でも玲くん今年受験だよね?休んじゃったら内申とか平気?」

「大丈夫、今まで一回も休んだ事ないしさ。それに勉強は結構やってるからそこは大丈夫だよ」

「そっか、玲くんが言うなら大丈夫だよね。ごめんね余計な事聞いちゃって」

「ううん。むしろありがとうだよ…」

「え?う、うん?」


なるみさんはちょっと困惑して首を傾げていた。

少し気恥ずかしかったので、説明はしない事にした。僕にとっては、なるみさんが近づいてくれるだけで本当にとてもうれしい。そういう純粋な優しさみたいなものは今までもらった事が無いような気もする。

せっかくのデートでもじもじとしていてもしょうがないので、僕はなるみさんの事をもっと知ろうと思った。


「そう言えば今更だけどなるみさんって今何年生なの?」

「えーっとね、3年生かな。だから玲くんと一緒だよ」

「えっ、意外。年下だと思ってたよ」

「あはは、なにそれ!小ちゃいって事?」

なるみさんは笑いながらほっぺを膨らませて少しムキになっていた。

「ふふっ、違う違う。なんか子供っぽいなぁって思ってさ」

僕もつられて笑いながら、少しからかうように言った。

「もう!バカにしてるのー?玲くんは意地悪だなー」

「違うって、ごめんごめん。ふふっ」

なるみさんは頬杖をつきながらそっぽを向いてしまった。その様がまた愛おしくて僕はにやにやとしながら彼女を眺めた。怒った顔もとても可愛らしかった。

「玲くんが奢ってくれるなら許してあげるんだけどなー」

そっぽを向いたまま、ぼそっとそう呟いた。悪戯っ子みたいでそれも愛らしい。

「わかったよ…じゃあここは僕が払うから許してください」

僕は笑いを噛み殺しながら、掌を合わせて頭を下げた。

なるみさんはつんとした顔でそれを見ると、ぷっと吹き出し笑い始めた。

「あはは!やっぱ玲くんは単純だなー」「そんなんじゃ悪い人に騙されちゃうよ」

相当つぽにはいったのか、まだけらけらと楽しそうに笑っていた。

どうやら僕が本気にしたと思っているみたいだ。なるみさんのセリフをそっくりそのままお返ししたい気持ちになったけど、そんな事をしていると注文していた料理が届いた。

「こちら、味噌ラーメンです」

僕は手を軽く上げて料理を受け取る。

「で、こちらは味噌ラーメンの大盛りと、炒飯と餃子のセットです」

「おいしそー!」

店員さんは少し困惑しながらなるみさんの前に料理を置いた。僕も少し困惑した。


「それじゃ食べよっか!」

「う、うん」

「いただきまーす」

なるみさんは行儀良く手を合わせてそういうと、炒飯を頬張って「うーん!おいしい」と幸せそうな顔をしていた。

「い、いただきます!」

僕も少し遅れてラーメンに口をつけた。

なるみさんはその細い体からは想像できないくらいのペースでご飯を食べて、結局僕と同じくらいのタイミングで完食した。

彼女の意外な一面がみれて僕は嬉しくなった。



「いやー美味しかったねー」

「うん。また来たいね」

「絶対来ようね!」


僕達はラーメン屋を出ると次は近くにある大きな本屋さんに向かった。

今日はノープランで来たので、まずはなるみさんの行きたいところに行くことにしたのた。


「なるみさんって、本読むの?」

「うん。小ちゃい頃からずっと好きで読んでたんだ。漫画とか、小説とか」

「へぇ、なんか意外…」

「ん?またバカにしてる?」

「ち、違うって!」

僕は手をめいっぱい振って否定した。さっき痛い目を見たばっかりだからもう失敗しない。

「ならいいけどさー」

なるみさんは口元を緩めながらからかうように言った。

女の子はあんまり本とか読まないと思ってた。なるみさんみたいな人なら尚更そうなんじゃ無いかと思ってたけど、僕の偏見だったみたいだ。

そんな他愛のない会話を少ししていると、すぐに本屋さんに着いた。

「わぁ、やっぱ大きいね」

「ほんとだね」

中に入ると本棚が広い敷地の中をめいっぱい埋めていて、それが二階まであるようだった。

僕の住んでる街の本屋さんとは比べものにならないくらい沢山の本が並んでいた。

「なんか、宝探しみたいだね!」

なるみさんは目をキラキラと輝かせながら恋愛小説のコーナーまですたすたと歩いて行った。

「わぁ、すごいいっぱいある。あ、これも売ってるんだー」

そんな独り言を言いながら彼女は本棚の上から下まで見渡していた。

時々気になるタイトルのものがあれば手にとって、あらすじを読んで買い物カゴに入れるか悩んでいた。

黙々と本を選んでいる彼女をじっと眺めていると、なるみさんは僕に小さな声で話しかけてきた。

「玲くんも本選んでみて」

「え、うん。でも、僕こういうのあんまり読まないんだけど…」

「いいの。こういうのは直感が大事なんだから。玲くんが気になった本読んでみたいな」

「そうなの?」

「そうなの。好きな本とか気になる本ってさ、その人の心の形がなんとなくわかる気がするからさ」

僕にはそういうのはよくわからなかったけれど、とりあえずなるみさんのやっているように、タイトルを見て気になった本を取り出してみた。

普段文章を読まないせいかあらすじを読むだけでも少し大変だったけれど、出来るだけ自分が気になる本を選んでみた。

4冊ほど選んでみたけれど、どれも万人受けしそうな話ばっかりだな。なんてふと思った。

「ふふっ、なるほどー。玲くんってこういうのが好きなんだね」

なるみさんはそう言いながら僕の選んだ本をカゴに入れて、レジで会計を済ませた。

静かな店内から出ると、また外の喧騒に意識が戻されて少し煩く感じた。

「いやーいいお店だったね!」

なるみさんは本が何冊も入った重たそうな紙袋を持って満足気な顔をしていた。

「欲しかったもの買えたの?」

「うんまぁね。あっちじゃ無い本もいっぱいあったし」

僕には本の事はあんまり分からないからそれ以上の聞けなくて少し悔しい気もした。

「次はどこ行こっか」

「玲くんの行きたいとこで良いよ」

「そっか。じゃあ、映画観に行こうよ」

「いいね!いこいこー」

「なんか観たいものとかある?」

「ん、玲くんに任せるよ!」

「わかったよ」

僕が昨日調べたデータによれば、初デートはやっぱり映画館がいいらしい。それに倣って僕は事前に今上映されてる映画の下調べをした。

今上映されてる映画の中で、いい雰囲気になれる物ならこれだろうと、見るものはしっかり決めていた。

僕は自信満々で映画館へ向かった。



「いやーつまんなかったねー」

なるみさんはけらけらと笑いながらストローでコーヒーを吸った。

「あはは、なんかありきたりな展開だったね」

僕がみたレビューでは評価がとても高かったのだが、信用ならないものだな。僕はインターネットのレビューサイトをかなり恨んだ。

「うんうん!しかもなんかエッチな描写ばっかで全然女の子の恋心が分かってないよあれ」

「あはは、たしかに」

そのシーンだけは良かったと思ったんだけど、それは言わないことにしてなるみさんに同調した。

僕達がカフェで感想を語り合っていると、徐々に空が暗くなってきて夕日が沈み始めていた。


「もうこんな時間になっちゃったね」

「そうだね。そろそろ帰ろっか」

そう言って僕が立ち上がると、なるみさんは少し躊躇いながら僕の手を捕まえた。

「あのさ、今日はこっちに泊まってかない?」

「え、でもそんなお金無いよ」

「お金は私が払うからさ」

「いやいや、悪いよそんなの。それに親も心配するかもだし…」

「そうだけど…でも、もっと玲くんと一緒にいたいから…」

なるみさんは今にも泣き出しそうな顔をしていた。そんな顔をされたら僕まで辛くなってくる。

「僕もなるみさんと一緒にいたいけど……明日また会うのじゃダメなの?」

「うん。今日はずっと一緒にいたいよ…」

そこまで言われたら断れない気がした。

「そっか…でも、僕お金無いけどほんとに平気なの?」

「うん。それは心配しないで」

「…じゃあそうしよっか」

そう言うとなるみさんは、ぱぁっと笑顔になった。

「やったー!じゃあホテル探すね!」

そう言いながらうきうきと携帯で調べ物を始めた。

僕も席に座って一緒に近くのホテルを探すことにした。

さっき見た映画のせいか、色々と考えてしまって心臓がドキドキとした。



結局僕達は安いビジネスホテルを見つけてそこに泊まることにした。

僕は机に広げたお菓子のゴミを片付けて、部屋を暗くして眠ることにした。当然なるみさんは別の部屋だ。

ただ、ついさっきまで一緒にテレビを観ていたから部屋にはなるみさんの匂いが残っている。


「はぁ…」

気疲れしてついため息が溢れた。

結局僕が期待したような事は何も起こらずに、ただ健全に今日1日のことや明日の事を話し合って今日は終わりになった。

1人になってようやく僕は、学校の事やひなせさんの事なんかすっかり忘れていた事に気がついた。

夢見たいな1日だった。僕なんかがこんなに幸せでいいんだろうか。

また色々と考え始めて眠れなそうになったけれど、なるみさんの匂いが心地よく安心させてくれて、僕はすっかり眠りについた。


あぁ、もう全部どうなってもいいか。

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7日間のヒロイン @hainekasuka

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