Episode2

 図書室の入り口の前には出迎えるようにして台の上に乗っている、歯を見せて笑うリンゴの置物と瓜二つだった。確か、十数年前の美術部に所属していた部員が、卒業制作で作ったものだと記憶している。


 志穂の予想は見事的中し、リンゴは「おうよっ」と胸を張った。いや、実際胸はないが、志穂にはそう見えた。


「俺は案内人なのさ。普段はああして置き物のフリをしてるだけで」


 リンゴの話よりも、なぜ生き物のように動いたり話したりしているのかが気になった。どういった原理のだろう。実はロボットなのだろうか。


 リンゴと目線を合わせるようにしゃがんで、どこかにスイッチがないかさりげなく探すが、どこにも見当たらない。もしかして、電池式なのか。けれどふたのようなものはない。


 底面に隠れているのかもしれない、とリンゴを持ち上げようと手を伸ばす。


「それよりお前、こんなところで油売ってていいのか? 『なんでも屋』に行くんだろ」


 ハッと、伸ばしかけた手を空中で制止する。


 本来の目的は『なんでも屋』に依頼するためだ。のんびりとリンゴの正体を探っている場合ではない。


 いつの間にか、手先の冷たさも震えもなくなっている。


 立ち上がり、リュックの肩紐を力強く握りしめた。


「貴方が、案内してくれるんだよね……よろしくお願いします」


 深々と頭を下げると、リンゴはきょとんとして志穂を凝視する。目はないが、この表現が一番合っているだろう。


 いつまでも黙っているリンゴに、志穂は「え、なんか変なこと言ったかな」と呟く。


 途端、リンゴは大きな口をさらに大きく開けて、豪快に笑いだした。


 面白くて仕方ないと言わんばかりに。


 今まで依頼人に頭を下げられたことなんて一度もなかった。それもそうだ。リンゴ、ましてや置物に頭を下げる人間なんていない。


 ひとしきり笑った後、リンゴは胸を張る。


「よしッ、案内してやる。着いてこい」


 そう上機嫌に跳ねながら先陣切って進んでいってしまう。


 何故笑われたのかはわからないが、リンゴが案内する先には、あの『なんでも屋』がいる。不安と期待が胸の中でぐるぐると回っているのを感じながら、志穂は小走りでリンゴを追いかけた。


 普段通っていた渡り廊下が、奥に進むにつれて別の場所へと変化していった。


 外を眺める窓ガラスの代わりに、金色に装飾された鏡が連なっている。天上にあるのは伝統ではなく、ペンダントライトだ。バラエティ番組や映画でしか見たことがない。足をつく床には、いつの間にか深紅のロングカーペットが敷かれている。まるで西洋の屋敷の中のようだ。


「ここだ」


 リンゴの声に立ち止まる。


 視線の先には両開きの扉があった。艶のある木の扉で、瞳を閉じたネコのドアノッカーが付いている。銀色で描かれたヒイラギは、ライトの光で星屑のように煌めている。


 綺麗、と見惚れていると。


「俺の案内はもうここまでだ」

「えっ。そうなの?」

「そんな不安そうな顔すんなよ。この扉を開けば、アイツらに会えるぜ」


 頑張れよ、と志穂のお礼の言葉も聞かず、ウサギのように跳ねながら来た道を戻っていく。後ろ姿が見えなくなるまで見送ると、扉と向き合った。


 再び緊張が押し寄せ、熱が出ているんじゃないかと思うほど体が熱くなってきた。心臓の鼓動が耳元で聞こえ、それを少しでも抑えようと無意識につばを飲み込む。


 息を吐き出し、ドアノッカーへと震える手で伸ばす。いつか見た海外映画を思い出しながら輪っかを掴み、三回ノックした。


 そっと手を離す。


 しかし、何も起こらない。回数を間違えたのだろうかともう一度輪っかに手を伸ばす。


 その時、ネコの瞳が

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