#13

 既にステージに立っていたゲバラたちは、楽屋へと続くステージ下手から現れたあたしを見て、唖然とした。

 多分、理由は3つ。

 そもそもあたしがここにいること。

 そのあたしが坊主頭なこと。

 そして、手にジャガーを携えていること。

 新宿ロストでの大きなイベント。公式に発表されているわけじゃないけど、来年夏のジャムパーク出演枠の一つが、このイベントで決められる。その本番前の、ゲバラたちのバンドのリハ。あたしはそこに、彼らになんの宣言もなく、飛び込んだわけだ。

 「言いてえことはいっぱいあんだけどよ、このタイミングでいきなりしゃしゃり出てきて、まともにできると思ってるのか?」

 何となく状況とか、あたしの心情とかを察した、あたしの一番近く、下手側に立っていたカズくんが、そんな風に凄んだ。凄んだけど、唇の端が悪戯っぽく釣り上がったのを、あたしは見逃さない。

 「まかしとき」

 挑発的にカズくんの肩をぽんと叩き、ゲバラに歩み寄る。

 「あんたセンター」

 言って、上手に立っていたゲバラを中央に押しやる。

 「あたしが初めてあんたたちのライブを見に行った時のセットリスト、覚えてる?」

 セッティングを始めながら、ゲバラに問いかける。

 「ああ、まあ、基本はほぼあのままだから」

 まだこの先の展開が読めてないからか、あたしの坊主頭に虚を突かれたからか、淡々とセッティングを進めるあたしの立ち振る舞いに気圧されたからか、あるいはそのぜんぶか、ゲバラは、ぼそぼそとそう返すことしか出来ない。

 「あん時の音源をバズクラウドから取り寄せて、2週間、後輩に頼んで大学のサークル棟に籠って弾きまくってたから、あんたらの音はだいたい掴んでる」

 セッティングを終えたあたしは立ち上がり、Eのパワーコードを16で刻む。背後のキャビネットから、ノイズが覆いかかってくる。やっぱり、ライブハウスの轟音は心地いい。

 そろそろ始めてくださいと、PAから声がかかる。

 「あんたらはいつも通りやって。あたしが盛り上げてやるから」

 あたしのその言葉に、ゲバラの顔から困惑の表情が消える。変わりに、ずっと欲しがってたオモチャを与えられた子供のような、無防備にきらきらした笑みが、徐々に浮かんでくる。

 その表情を見て思う。やっぱりあたしはこいつが好きだ。そしてその表情は多分、ステージの上で、あたしがこうして横に立っていないと見れないんだ。


 ステージに上がると、フロアの熱気が覆い被さってくる。流石にそれなりのメンツが揃ってるからか、ほぼ満杯だ。

 あたしたちの出番はラス前。リンタロウくん曰く、合格のオッズ順に並べられたラインナップらしいから、それなりに期待はされてるんだろう。歓声には至らないまでも、スタート前のざわめきに、ポジティブな雰囲気を感じる。結成たった数ヶ月のバンドにしてこれは、3人の功績がかなり大きいってことだ。まあ、あたしが惚れ込むようなパフォーマンスをバズクラウドで見せたんだから、そうでなくちゃ、とも思う。

 オーディエンスの殆どは、これがジャムパークのオーディションを兼ねていることを知っている、足繁くフェスに通うような、いわゆるミュージック・フリークスだ。耳は肥えてる。だったら好都合だ。

 あたしは突如、ワウで波を付けた空ピッキングを始める。

 リハでもやってない。事前に3人と、打ち合わせてもいない。

 ーーーでも、わかるでしょ?ゲバラ。

 あたしは挑発的な一瞥を、ゲバラに投げる。

 ゲバラの、受けてやると言う目線が返ってくる。

 空ピッキングでのユニゾン。

 ヴードゥーチャイルドのイントロ。

 それに気づいたオーディエンスから歓声が上がる。

 分かってる。あんたたちみたいなフリークスは、こういうの、好きだろ?ジミヘンとか、くすぐられるだろ?

 数フレーズそれを繰り返した後で、ちらりとゲバラがあたしを見たことを、気配で察する。あたしは受けて、こくりと頷く。

 メロディ・フレーズへ。

 歓声が、一段と大きくなる。

 それでもまだ、オーディエンスは全てを解放してはいない。

 ーーーまあ、見てろ。いや、聴いてろ、かな。

 胸の内で、そんなどうでもいいことを想う。

 そして、最後の一音をビブラートで引っ張りつつ、ペダルから足を外して、リンタロウくんに向き直る。

 リンタロウくんのタム回し。

 カズくんのスラップが追う。

 ヴードゥーチャイルドのイントロから、持ち歌のイントロへ。

 最高のテンションとグルーヴを保ったままの移行。

 そこにゲバラのボーカルが乗ったとき、フロアに燻っていた、オーディエンスのエモーションが弾けた。

 轟音に満たされる地下の空間に身も心も溶かしながら、思う。

 あたしはゲバラが好きだ。

 ゲバラが音楽にぞっこんで、例えあたしの好きが報われなくても、もう、そんな些細なこと、どうでもいい。

 こうやってゲバラと一緒に、あたしを興奮させる轟音と、オーディエンスの熱気と、点滅する照明に姿を表しては消える影に、その混沌に、溶け合っていられることができれば、それでいい。

 それであたしは幸せだ。

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