#12

 決意ってなんだ。

 覚悟って、なんだ。

 はっきりこうだと、あたしには言えない。

 でも、それでいい、と思う。

 ずっと言い訳ばかりを貪ってきた。

 あたし自身が、あたし自身に対して。

 そして結果、あたし自身があたし自身のことを、追い詰めてた。

 もういい。

 決意とか覚悟とか言い訳とか追い詰めるとか、なんとか。ぜんぶ。何もかも。

 もう、いいんだ。

 人間て多分、もっと自由だ。

 精神って、想いって、自由だ。

 もっと、自由であるべきだ。

 自分で自分を自分の、畏怖や愚鈍さや欺瞞で誤魔化すのはもうやめだ。

 だからあたしは、クローゼットの奥からジャガーを引っぱりだした。


 職場に顔を出すと、ざわめきがあちこちから上がった。知ってる顔からはもちろん、知らない顔からも。まあ、仕方がない。

 「蒲田さん、どうしたんですかあ」

 いつも以上に大きくて甘ったるい声を上げる大西さんを無視して、あたしはまっすぐ、八木さんの元へ向かった。

 あたしを見るなり、やっぱり八木さんも、しばらくあんぐりと口を開けていた。でもすぐに、何かを悟ったかのように、小さくゆっくり頷いて、少し困ったような笑みを浮かべた。

 勘のいい人だ。きっともう、あたしが何を伝えようとしているのか、察しがついている。

 「せっかくお声がけ頂いて、一度は受けたのにホント申し訳ないんですけど、社員登用の件、辞退します」

 させてください、ではなくて、します、と言い切った。何がどうあっても、意思が変わらないことを伝えたかった。

 「うん、わかった。俺の方でなんとかしとこう」

 特に咎めるでも引き止めるでもなく、さらりと八木さんは言う。無駄を嫌う優秀な人は、無駄なオーギュメントをしない。

 「もう一つお願いがあります」

 図々しいお願いだ。けど、あたしはまっすぐ八木さんを見据える。目を逸らさず、もうあたしを止められない、と暗に訴える。

 「今日から2週間、お休みください。クビにしてくれてもかまいません」

 八木さんは少しだけ考える風に目線を泳がせてから、うん、と頷く。

 「まあ、浅井くんがなんとか回してくれるだろう」

 あたしは深く、お辞儀する。

 顔を上げると、八木さんが悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

 「で、その頭はシニード・オコナーへのオマージュかなにか?ずいぶん思い切ったよね」

 あたしは少し照れて、短く刈った自分の坊主頭を撫でた。

 「あたし、ああいう静かな音楽、好きじゃないんですよ」

 もう一度お辞儀して、あたしは踵を返した。

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