#10

 あたしはイラついてた。

 様子がおかしい?なんだよそれ。

 リンタロウくんたちと会ってからずっと、胸の中のもやもやが晴れなくて、しかも頭の裏側に響く、あのあたし自身の声は、出現頻度を増してまるで襲いかかるように、頻繁に響くようになった。それこそ今までにはなかった、気を張っている仕事の最中にも。

 釈然としなかった。あたしの決断に言動を左右されるなんて、ゲバラらしくない。

 あの時見たゲバラのライブ。

 あの高揚。

 改めて思い知った、ゲバラの才能。

 ーーー才能のあるヤツは、その才能を曝け出す義務がある。

 カズくんの言葉。あの時は勢いで暴論なんて言ったけど、その通りだ。ゲバラにこそ、その義務がある。

 なのに、なんでなんだ。

 あたしみたいな半端なヤツに翻弄されて、才能を怯ませるなよ。


 「中途半端、ね」

 あたしはあたしで情けない。

 その憤りをゲバラに直接ぶつければいいのに、勇気がなくて、怖気づいて、矛先を絵里に向けた。

 あたしはどうやらヘタレらしく、グランマに足を向けることができず、絵里を他の店に呼び出して、散々愚痴を吐き出した。その後で絵里から返ってきたのは、そんな言葉だった。

 「半端だよ。でしょ?」

 返すあたしに、絵里は小さなため息と一緒に答える。

 「半端ってことはさ、裏を返せばつまり、まだ未練があるって、捨てられないって、そういう気持ちがどっかにあるってことじゃないの?」

 「そんなこと、ない」

 認めたくない。けど、その通りかもとどこかで認めているからなのか、あたしの語気は、語尾に向かって弱くなる。

 「別にあたしは、何がいいとか悪いとか言ってるわけでも、莉奈を責めてるわけでもないの」

 言いながら宥めるような深い笑みを、絵里は浮かべる。

 「結局ヒトってさ、どんな選択をしたって、選択しなかった方に未練を感じるんだよね。それを半端って言うなら、みんな半端だよ。要はその未練とか執着みたいなものを、受け止めて割り切って、吹っ切れるかどうかってことなんじゃない?」

 吹っ切る。確か八木さんも、そんなことを言っていた。

 「そりゃあさ、吹っ切ったと言っても未練が消えるわけじゃないから、たまには愚痴りたくもなると思う。それをあたしが聞いて莉奈が楽になるなら、あたしはいくらでも聞くよ」

 絵里は優しく、あたしを見据える。あたしは、うん、ありがと、と消え入るように返して、俯くしか出来なかった。

 「でも莉奈、ホントはそんなんじゃないんじゃない?」

 「そんなんじゃないって?」

 「音楽とか、バンドに入る入らないとかじゃなくて、あんたがホントに未練を残してるのは、ゲバラのことなんじゃない?」

 どきりとして、顔を上げた。絵里はまだ、あたしを見据えている。

 「大学4年のあの時にさ、莉奈言ったじゃん。せめて音楽でだけは繋がってたいって。あの時莉奈は今みたいに、自分は半端だからって身を引いたけど、ゲバラから見ても同じだったのかな。今も、そうなのかな。あの時も今も、ゲバラは莉奈を必要としてたんじゃない?じゃなきゃ、莉奈を誘わないんじゃない?まあ、確かにあいつは音楽バカだから、恋愛の対象とかそういうんじゃないんだろうけど、少なくともさ、音楽ではまだ、繋がれるんじゃない?」

 言われてみて、そうなのかな、とあたしは仄かに何かに期待する。けど、今更何をと、否定するあたしも、あたしの中に確かに存在する。

 混乱する。

 何だかよくわからない。

 葛藤して、多分、訳の分からない表情をしていたであろうあたしの頭を、絵里がテーブル越しに撫でる。

 「まあ、ホントはそんなことはどうでもよくてさ、あいつが何をどう思おうと、あんたはあいつが好きなわけで、なら、もっとエゴになればいい。誰かを好きになる気持ちの本質なんて、しょせんはエゴだよ。だからさ、あいつのことを想ってとかカッコつけてないで、その気持ちを曝け出したらいいじゃん」

 言って絵里は、弾けるような笑みを浮かべた。

 それは、そうなのかもしれない。

 けれど、そもそもあたしは背を向けたんだ。ゲバラにも。音楽にも。もう何もかも、遅い。

 煮え切らないあたしに呆れたのか、絵里は苦笑して、カバンの中から取り出した紙片をテーブルに置いた。チケット。吉祥寺バズクラウドの、ロゴが刻印されている。

 「来週の日曜。例のイベント前の、ゲバラたちの最後のライブ。あれこれ考えないで、とりあえずこれ、行ってきな」

 チケットと一緒に五千円札をテーブルに置いて、莉奈は席を立った。店の出口に向かう絵里の背中を、あたしは縋るように、とはいえでも何もできずに、見ていた。

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