第23章-完 ー
【 23 】
彼らは次の日にも店をあけた。
考えられないくらい疲れきっていたし、胃は
「ね、お昼も焼きそばとタコ焼きになるんでしょ?」
「ん? まあ、そうなるよな。
雑誌を
「在庫とか言うのやめてもらえる? ほんとうんざりするくらいあるみたいじゃない」
「だって、実際そうだろ? あのタコ焼き屋、考えられないくらい作って待ってたもんな。俺もさすがにあんだけ買うとは思ってなかった」
二人は
「だけど、お客さんが来たらびっくりするわ。ここ、占いの店じゃないくらいソースの
「そう言うなって。俺はそん中で寝たんだ。夢にも出てきた。ソースの海で
雑誌を閉じ、カンナは振り向いた。彼は横にしたバステト神像を重ねようとしている。
「その俺たちってのは、あなたと誰のこと?」
「ん、カンナに決まってるだろ」
彼は真剣な
「ああ、それにペロ吉もいたな。
「ふうん。――ね、そういえば、あの子に来てもらうってのはどうなったの?」
「そうだなぁ。ま、そうした方がいいかもな。今度よく話してみるよ」
「誰とよ?」
「えっと、そうだな、俺の内なる自己とだ。ペロ吉が来たらどうなるか考えなきゃならないだろ?」
「あっ、そう」
ふたたび雑誌をひらき、カンナは口許をゆるめた。事件のことはまったく話さなかった。疲れるだけなのがわかっていたし、思い出したくもなかったのだ。
電話が鳴った。
「はい、こちらなんでもお見通しの占い師、蓮實淳の店。出てるのはその蓮實淳です。――ああ、あなたでしたか。――はい、今日も開けてますよ。――ええ、もちろんいいですが夕方から出なきゃならないので、――はあ、そうですか。なら、問題ないでしょう。その方のお名前と連絡先を教えていただけますか?」
カンナは「誰?」といった顔をしてる。彼は手を前に出した。
「――なるほど、そうなんですね。ま、どこまで出来るかわかりませんが、お話しすることはできますんで。――ええ、はい。そのようにお伝え下さい」
受話器をおろすと彼は
「誰からだったの?」
「ん、大和田の奥さんだった。占って欲しい人がいるんだってさ。二時に来ることになったよ」
「ふうん。で、なんか難しそうなこと?」
「そんな気がするけど、占ってみなきゃわからないね」
バステト神像を戻し、彼は胸を
なんだかんだしてると二時近くになった。カンナは消化を
「カンナ?」
「え?」
「来たようだ」
振り返ると影が見える。笑顔をつくりかけたカンナはデスクを
「
「うん」
ゲップと関係なくカンナは胸を押さえた。またもや悪霊がやって来たように思えたのだ。その瞬間にガラス戸がひらいた。
「――その、大和田さんからご連絡があったかと思いますが、」
「ええ、お待ちしてましたよ。えっと、」
「
その女性は
「さ、そちらにおかけ下さい」
「はい」
「息子さんが大和田の娘さんと同級生らしいですね」
女性は
「――では、まず、」
「――はい」
カーテンに身を寄せ、カンナは息を
外は相変わらず
ソファに埋まり、カンナは目を閉じた。そうしてると、
「これからどうなるか教えてくれ! 私はどうなるんだ!」
ふんっ、どうなるもこうなるも。カンナは首を振った。それから仕切りを見つめた。――え? 泣いてるの? これは泣き声よね? 立ちかけたときにガラス戸があいた。ベビーカステラのお姉さんが
「あれ?
目は仕切りへ向かってる。カンナはうなずいてみせた。
「ごめんなさい。お仕事中だったのね。じゃ、これだけ置いて帰るわ」
手には紙袋が四つぶら下がっている。
「それって、」
「ほら、今日で祭りも終わりでしょ。それに焼きそば屋のお
「はあ。ってことは、」
「ま、他はどうか知らないけど、うちの
って、全部
「ああ、ありがとうございます。でも、こんなにいいんですか?」
「いいのよ。ちょっとの間だったけどご近所さんだったのもあるし、あなたたち見てるの面白かったから」
お姉さんは手を振りながら戻っていった。
女性が帰るとカンナはベビーカステラを持っていった。彼は顔をしかめてる。
「ん? こりゃどうしたんだ?」
「もらったの。もっともっとあるわよ。他の
「マジか。――いや、ありがたいけど腹が持たないな。こりゃ、しばらく
カンナはじっと見つめてる。表情が
「で、いまの人はどんなだったの? なんか泣いてなかった?」
「ああ、泣いてた。でも、これはもっと考えなきゃならないな。まだ不確定な
彼は腰をおろした。ガラス戸の外は人でいっぱいだ。カンナも向かいにかけ、脚を組んだ。
「また大変なことになりそう?」
「――ん? ああ。でも、占い師ってのはそういうもんなんだろ。人の過去に関わったら、どうしたってそうなっちまうんだよ。ま、しょうがない。なんとか乗り越えよう。これまでやってきたようにな」
「そうね」
秋の日は暮れかかったと思うとすぐ落ちた。二人は薄暗い中で見つめあっている。あのときと同じだ。
「どうした?」
「へ? なにが?」
「いや、なんかニヤニヤしながら見てっからさ」
「そうだった? ――ああ、ちょっと訊きたいことがあったんだっけ」
ふと気になって、カンナは振り返った。ざわざわと声が聞こえてくる。それは二人だけでいることを強調してるようだった。
「訊きたいこと? 今度のことでか?」
「ううん、そうじゃないの。なんていうか、もっと
「根源的? なんだよそりゃ」
「その前に
「ん、別にいいけど」
「またはじまったみたいね」
「ああ、俺たちも着替えなきゃな」
カンナは深く息を
「どうした? 早くしないとハゲのオッサンに怒られっぞ。それに千春も来るんだろ?」
そうだった。――もう、来なくていいのに。カンナは
「あのね、」
「うん、」
二人は同じ方を見つめてる。ガラス戸には人が映り、消えていった。「そりゃさっさぁ!」と声がして、トコトントコトンと太鼓は鳴った。
「その、私が訊きたいのは、」
そこまで言ってカンナは口を閉じた。――ん、ちょっと違ってたな。訊くんじゃなく、言えばいいんだ。「あなたが好き」って。でも、ここまで来ちゃったんだからしょうがない。
「だからなんだよ。なにが訊きたいんだ?」
カンナは
風がガラス戸を
「ね、あなたってほんとに猫と話せるの?」
―― 完 ――
失踪する猫 佐藤清春 @kiyoharu_satou
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