第53話 二人の時間
右半身には李湖がべったり。
そして左側からはいつもの玲夢からは聞くこともできない甘えたような声。
いつもバカ兄、クソ兄、ゴミぃちゃんと呼ばれる俺をお兄ちゃんと呼ぶこの妹は一体誰だ。
これはまさか、李湖の言っていたあれか?抱き枕を抱き締めて俺を呼んでるだのなんだの…。
………待て。まさか。
「お兄ちゃん…」
悪い予感がしたのも束の間。
玲夢まで俺に抱き付いてきたではないか。抱き枕と勘違いしているのか?
右半身に李湖、左半身には玲夢。なんだこれ。兄妹じゃなかったらすごい状況なんだが。いや兄妹だとしてもすごい状況だ。
しかし、これは危険だ。
両腕に感じる二人の未熟で、されど柔らかい胸の感触は兄である俺には特に何も感じないが、この暑さだけは危険だ。
こんなことならクーラーを付けておけば良かった。今更後悔したところで身動き取れないから手遅れなんだがな。
そんなことを考えている間に身体中ぐっしょりと汗だくになっている。
これは…過去最悪な夜になりそうだ。
そして翌朝。
左頬に激痛を感じて俺は起きることになる。
「死ね!このクソ兄!」
脈絡もない台詞だが、昨夜の状況を知っている俺には理解できる台詞だった。故に特に俺からは何も言わない。そりゃ、お前の自業自得だと言ってしまえばそれまでだ。
だが、寝ボケて俺を抱き枕代わりにして抱き付いてきたなんて言ったら玲夢は羞恥心で
ここは兄の優しさで受け流し、
世間は静かな朝という中、我が家の中では怒号が鳴り響くこと10分ほど経ち、ようやく朝の支度に取りかかる。
李湖は林間学校がある為、今日から明後日まで家に居ないことになる。
俺と玲夢の唯一の緩衝材となる人物がいなくなるのは
「んー……」
「李湖、シャキッとする!」
「ずっと家がいい……家にいたい~。お兄ちゃんと玲夢姉と一緒にいたい~」
「もう、子供みたいに駄々こねないの。ご飯は作っといたから。玲夢は林間学校頑張ってね。いってきまーす」
「いってらっしゃい」
「また明後日ね~」
「ははは……。夕達とは離れたくなさそうなのに…私はあっさり……」
去り際に乾いた笑みを浮かべていた気もするが、まぁ気にしないでおこう。
その後、駄々をこねる李湖をなだめながら、なんとか学校まで送り出した。これから二日と半日ほど李湖は離れることになる。
つまり、これからは玲夢しかいない家での生活となる。
「さて、俺達はどうしますかね」
「どうもしない」
「………はい」
今朝の一件もあり、俺への当たりはいつも以上に高まっている。これは苦労しそうだ。
李湖が出ていって数時間。
昼過ぎになっても俺達の間に会話はない。
いや、本来の兄妹なんてこんなものか。李湖が異常なのであって。
「ゴミ」
「はい?………はい??」
口を開いたかと思えばゴミ呼ばわり。
泣くぞ すぐ泣くぞ 絶対泣くぞ ほら泣くぞ。
「昼ご飯は?」
「たまには自分で作ろうとかは考えないのね」
「私の腕前知ってるでしょ?」
「一流のダークマター料理人だもんな」
「なめないでよね」
「よく誇りに思えるな。で、何かリクエストはある?」
「本格的なふんわりオムライス」
「無駄にハードル上げるな。オムライスだな」
玲夢のお望み通りオムライスを作ることに。本格的なふんわりオムライスはよく分からんが、まぁ腕によりをかけろということか。
それから数分後。
「おあがりよ」
「ふぅん…。いただきます」
「………」
妙な貫禄を見せつけるようにして食べ始める。
オムライスを上からスプーンで一口分に切り、それを口へと運ぶ。
もぐもぐとゆっくり味わっている。表情は変わらない。
しかし、ここまでは読み通り。
ここからが勝負。そして……。
「っ!?この味は…!」
隠し味として入れたウスターソースによるコクと深み、ほんのりとスパイスと野菜の風味が口の中に広がるセカンドインパクト!!
「んっ……これ……だめぇええっ!」
玲夢は美味しさのあまり、顔は紅潮し、身をよじらせ、絶頂の域に達していた。
完全勝利。
「おそまつ!!じゃねーわ!なんだこの茶番!料理漫画じゃあるまいし」
服が弾け飛ばないだけまだマシか。
「うん。おいひいよ」
「そうかそうか。そりゃようござんした」
玲夢と二人の時間もなんとかやっていけるかもしれない。
俺と私のラブコメディ 匿名人 @saoalicization
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