第52話 前夜
8月7日。
李湖の林間学校の前夜。
この日、ブラコンの李湖の頼みで、一緒に寝ることになっていた。おまけに道連れにしてやった玲夢も。
流石に妹達の部屋で寝るのは気が引ける(玲夢が絶対拒否した)為、リビングにある机をどかしてお客様用に持っていた布団を敷き、そこで寝ることに。
「なんか楽しくなってきたね!」
「いや楽しくはないから。何で私まで巻き込まれなきゃならないのよ…。危うくお母さんまで一緒に寝るとこだったし」
俺達の話をどこからか聞きつけた母さんまで一緒に寝ようとしてきたが、流石に兄妹3人揃って断った。この歳で親と寝るのは気が引けるものがある。
ちなみに断られた母さんは、子供に拒否されてかなり落ち込んでいた。少し罪悪感はあったが、致し方なし。
「並びはどうする?布団二つしかないから狭いことには変わりないけど」
「李湖が発端なんだから真ん中でしょ」
「玲夢姉はお兄ちゃんの隣が嫌なだけでしょ」
「別に隣でも良いけど?少し距離は空けてもらうけど」
「はいはい。俺は隅の方に居ますよ。真ん中は李湖でいいだろ」
「…………」
事の発端は李湖だ。この目的だって李湖が言うところの充電らしい。俺と一緒に寝て何かを充電するらしいので、俺が端に寝るのならば真ん中に李湖が寝ることは確定なのだ。
「お兄ちゃんが真ん中」
「は?」
「玲夢姉もそろそろ意地張るのやめようよ。本当はお兄ちゃんのこと大好きなのに」
「えぇ…?急に何よ」
「おい李湖。それは言わない約束だろ?玲夢はツンデレなんだから」
「キモい。死ね。勝手なこと言うなクソ兄」
「玲夢姉言い過ぎ!そんなツンツンしてると本当に嫌われるよ?仲直りのためにも、お兄ちゃんが真ん中!」
「はいはい。もうそれでいいから寝るぞ」
「私は納得してないんだけど?」
このままでは寝るに寝れないのでとりあえず李湖に従うことにする。玲夢はご不満らしいがそもそも俺と一緒に寝る事に不満があるんだから今更だ。
一言声をかけてリビングの電気を消す。
李湖達はいつも常夜灯を点けているらしいのでそれに従う。ちなみに俺は真っ暗にするタイプである。
「こうして3人で並んで寝るなんていつぶりだろうねー」
「小学生くらいじゃないか?俺はともかく、玲夢は早い頃から一人で寝てたけど」
「普通でしょ」
「それに比べて李湖は中学に上がった頃くらいまで俺の部屋で寝てたけどな。今でさえ家を少し離れる時はこうして一緒に寝てるくらいだしな。そろそろ自立ってもんをだな」
「それに関しては同意。李湖もそろそろ兄離れしなさい」
「え~。夜に一人って何か寂しくならない?」
「バカ兄は知らないかもしれないけど、李湖ったらたまに私のベッドに潜り込んでくるのよ。中学2年にまでなった今でもね」
「それは……兄離れもだが、姉離れもしないとな……」
思ったより重症かもしれないなこれは。
しかし……俺と玲夢からは離れないくせに、母さんからはすっかり離れているというのは何というか……ドンマイ母さん。
しばしの沈黙があり、そろそろお互いに寝ようかと思ったのも束の間、新たな災いが襲ってきた。
「………李湖、暑い」
「充電中~」
俺の右腕をガッチリと抱き、俺の右足に李湖の両足を絡ませて、俺と李湖はぴったりとくっついていたのだ。
今月はもう8月。夜とは言えど暑い。特に今日は熱帯夜である。それに加え、李湖の体温が俺の右半身を包み込み、めちゃくちゃに暑かった。
「李湖やめなさい。いい加減離れて。もうそんな子供じゃないの」
「えー気持ちいいんだよ?確かに暑いのは暑いけど、なんかいい意味でポカポカして安心するんだぁ~。玲夢姉もやってみれば分かるって」
「しない。絶対しない」
そう言うと玲夢は俺に背を向けるように横を向いた。ここまで拒否されるとちょっと傷つく。
「もう。素直じゃないなぁ。お兄ちゃんお兄ちゃん」
「ん?」
「いつも玲夢姉が使ってる抱き枕知ってる?」
「え?抱きま…」
「ちょっ!り、李湖!?何を言ってるの!?」
李湖の一言により急に血相を変える玲夢。この慌てようは一体?
しかし、抱き枕か。案外可愛いところもあるじゃないか。
「でねでね!いつも『お兄ちゃんお兄ちゃん』って寝言いいながら抱き枕をぎゅ~って抱き締め…」
「あー!あーー!!あーあーあー!知らない!そんなの知らないしー!?」
「そりゃ寝言だもん。気づいてなかったのも無理ないよ」
常夜灯しか明かりのない部屋でも分かるほどに玲夢は赤面しているのだろう。後ろ姿からでも真っ赤に染まった耳が見えている。
まぁ無理もない。李湖の発言は、玲夢にとって爆弾発言でしかないのだから。きっと。
「李湖。もういい。これ以上玲夢を辱しめないであげてくれ。玲夢も気にするな。俺は気にしないから」
「うるっさい……。もういい。寝る…」
「あれ、怒った?どうしたの?」
「原因はお前だがな…」
「うーん…?でもでも!そんなときこそお兄ちゃんに抱きついたらどうかな?いつもの抱き枕みたいにして!イライラも落ち着くよ?」
「おいバカ…!あまり刺激するな…!」
「は・や・く・ね・な・さ・い」
「「はい」」
玲夢のお怒りの言葉を聞き、俺達も眠ることにした。
のだが。
やはり右半身が暑い。李湖ががっしりと抱き付いている為、ものすごく暑い。なんなら汗さえかいている。きっと李湖も汗だくだろうに、それでも離れないのかこいつは。
無理に引き離そうとするも、とてつもない力で抑えられてしまう。寝ているのか疑うレベルだ。
「李湖さん?離してくれますか?」
「………」
一応話しかけてみたが、返事は返ってこなかった。やはり寝ているか。
半ば諦め、そのまま眠ることにした。
「……に…ちゃん…」
「ん…。何だ。起きてたのか李湖」
「…兄…ちゃ……」
「で、離してくれないのかよ…」
「…お兄ちゃん……」
「ん?李湖………じゃない?」
声が聞こえてくるのは李湖が寝ている右側ではなく、その反対側からであった。
「………まさか…」
「お兄ちゃん…」
声の主は玲夢だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます