22.事件の後のそれから

 都市シーパルで起こった、悪魔アメジストの事件から数日後。

 朝早くからソフィアさん経由でシルトさんに呼び出された僕は、シーパルに置かれた商業組織ムーンティアーズの支店まで訪れる事になった。


 今朝見た悪夢の内容が気を引くけれど、急ぎ足を運んだ僕を待っていたのは、埃っぽさのある倉庫に詰め込まれた木箱の山だった。


「えっと……。シルトさん、僕はいったい何をすればいいんですか?」

「あたしと一緒に、リラが確認し終えた奴を運ぶの。病み上がりなのは分かってるけど、お願いできるかな。無理なら無理で気にしなくていいよ」

「いえ、大丈夫です。やれます」

「ホントに大丈夫? ちょっと疲れてるように見えるけど」

「はは……。今朝、少し夢見が悪かっただけですので。気にしないで下さい」


 いくらシルトさんが気の良い人とはいえ、幼い頃の夢を見てうなされただなんて、余計な心配はかけられない。

 なので意識を切り替える為、頭を振りかぶり目の前のやる事に集中する。


 倉庫内にある木箱の大きさは、一つ一つは大した事は無い。

 だが数が驚異的に多く、気合を入れて向き合わなければならない。

 そして積み上げられた木箱の隣では、用意された机に向かっているリラさんがいて、黙々と筆を走らせていた。


 どうやら木箱の中身を記録し、別の場所へと移動させる作業のようだ。

 作業する上でやるべき事は分かったが、いくつかの疑問がある。


「あのシルトさん。いくつか質問をしても良いでしょうか」

「うん、いいよ。――あっ、今日出る給料の事は分かんないからね」

「その辺りはシルトさんたちのマネージャーさんから聞きました。ではなくて、この荷物は何なのかとか。そういう話です」

「えっとねぇー……」


 リラさんが記録を終えた木箱から、僕たちは順々に指定の場所へと運んでいく。

 その合間の会話として、シルトさんに詳しい仕事の話を聞こうとしたが、答えは意外なところから返ってきた。


「……箱の中身はこの街や周辺の集落から依頼された運搬物。ムーンティアーズで一旦保管と分別をして、ワタリドリに引き渡すの」


 うまく表現が思い浮かばなかったのか、言葉に詰まるシルトさんに代わり、一言も喋らず筆を動かしていたリラさんが口を開く。

 シルトさんとは違いハキハキとした声ではないけれど、心が落ち着く弦楽器のような声音が耳を打つ。


「そうなんですね。箱が小さめだから小物とかでしょうか。……それとすみません、リラさん。ワタリドリって何ですか?」

「……はぁ。精霊エメラルドが中心となって設立した、運河のない内陸へ荷物を運ぶ運送組織。国が認めた運び屋の事です。貴方が住んでいた場所に来たことは無かったんですか」

「来てたとは思いますが、商人たちの相手は大人たちがしていたんです。知る機会はあまり無かったですね」


 ため息交じりではあるけれど、リラさんはワタリドリについて簡潔に教えてくれた。


 水霊パールが中心となっているムーンティアーズが、川と海を中心に広がった組織の為、どうしても内陸には手が回りにくい。

 そのため長距離の陸路で運搬うんぱんを前提とした専門の運び屋が、ワタリドリらしい。


 つまりは今扱っている木箱たちは、シーパル周辺から遠くの土地まで運ばれる予定の物ということ。


「……他にありますか?」

「えっと……。ここに来てからずっと気になっていたんですが。これってアイドルの仕事なんですか? 先日の舞台からすると、そうは思えないのですが」

「まっさか。全然違うよ、コウくん。これは次の仕事が決まるまでの繋ぎ。次が決まるまで暇なら、雑用でもしろって言われてるの」

「あの舞台を見た後だと、何か見てはいけない裏側を見た気分ですね」


 どれだけ煌びやかな舞台を演じても、今の彼女たちは市井の人たちと何も変わらない。

 倉庫にこもって木箱の整理をしている姿からは、あの綺麗な光景は想像もつかない。


 普段の姿と舞台上の彼女たちを知った今だからこそ、本当の意味で偶像アイドルというものを分かった気がする。


「っとと。ごめんね、リラ。割り込んじゃって」

「……姉さまなら全然。大丈夫」


 機嫌を損ねてしまったのか、手を止め半眼となったリラさんに、シルトさんはすぐさま謝罪をする。

 だけど僕から見たら、その不機嫌な視線はこちらへと向けられていた。


 なぜと理不尽さを感じる僕を余所に、リラさんは小さく咳払いをして仕切り直した。


「……コウさん。よく動けますね。大怪我したって聞いてたのに」

「あっ、それはあたしも思った。ローエンさんたちにも声かけたのに、みんな来れないって言われたから。ひっどい怪我だと思ってたんだよ?」

「心配かけてしまって済みません。ですが紅玉こうぎょく騎士団の皆さんのお陰で、今はこの通りです。ただ前にもお世話になった人に、小言を言われてしまいました」


 本来ならスクリュードの黄金の焔による全身火傷。

 そして自身の定型魔法スキルによって、種族を超えた力を引き出していた僕とローエンさんは、二カ月前に近い重傷にまでなっていた。


 病院に運び込まれた時には、散々お世話になった水霊パールの医師に、またかと呆れられ。

 類稀な定型魔法スキルによって回復し、今に至っている。


 ちなみに二人に声をかけられたのは、僕を含め三人。

 ソフィアさんとローエンさんだが、それぞれの理由で仕事を断っていた。


 ソフィアさんはシンクさんと、一緒にペルセさんへの対応に奔走。

 ローエンさんは事件以降塞ぎ込んでいて、自室からほとんど出ていない。


「……どうしました?」

「ん、コウくん。どうしたの?」

「いえ。お二人に謝らなければいけない事があったと、今思い出しまして」

「謝る? あたしたち何かされたっけ」


 シルトさん、リラさんに謝らなければいけない事。

 それは彼女たちの定型魔法スキルを、酷い形で模倣してしまった事だ。


 元々シルトさんからは、お互いに練習のために模倣してみせてと言われてはいた。

 けれど実際に出来上がった定型魔法スキルは、戦いの事しか考えていない劣悪な物。


 シルトさんの思いを伝える力は、相手の敵意を感じ取り。

 リラさんの楽器を作り出す力は、武器の創造へ変化してしまっている。


「シルトさんに言われていた定型魔法スキルの模倣。出来るには出来たのですが、お二人にお見せできる代物では無くなってしまいました」

「そうなの? でも出来たんだったらさ、後で見せてよ。コウくんが思っているより、悪くない物かもしれないじゃん」


 倉庫の中なのに、眩しく輝くシルトさんの笑顔。

 対してリラさんはさっき以上に険しい表情になっていた。


「……コウさん」

「はい」

「……本当に酷いものだったら、わたし。許しませんから」

「覚悟は出来ています」


 僕はその場で殴られる前提で、この話を持ち出していた。

 だからリラさんの思いを、真っ直ぐに受け止める。


 いかなる責め苦だろうと受ける覚悟がある事が伝わったのか、それ以上は何も言わず口を閉じた。


「もうリラ。そんなにきつく当たらないの」

「……だって」


 口ごもるリラさんが、残りの言葉を口にしようとした瞬間。

 倉庫全体にノックの音が響き渡る。


 換気も兼ねて扉を開けっぱなしにしていた為、僕たちの意識を向けさせるにはそれが一番の方法だが、問題は発せられた音。

 生き物が出したとは思えない硬質な音に、誰もが振り向かざるを得なかった。


「――失礼します。こちらにコウ様はいらっしゃいますか?」


 次いで聞こえてきたのは、少し低めな少女の声。

 幼少期の男の子――中性的とも捉えられる声の主は、物静かに作り物染みた所作で頭を下げるのだった。

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