4章

21.幼き夢

 日が沈んで、散り散りとなった星が咲く夜空の下。


 これといった理由はなかった。

 ただ眠れなくて、ぼくたち二人は寝転がりながら、開けられた窓から空を見ていた。


「ねえ、コウくん。ネフィーね、お姫さまになってみたいんだ」

「お姫さまって、よく村長おじさんが読んでくれるお話の?」


 隣には目を輝かせながら、お姫さまを語る年端もいかない女の子。

 呼ばれ慣れていないぼくの名前を呼ぶ彼女は、村の前で捨てられていたぼくを拾ってくれた村長おじさんの子ども。


 彼女――ネフィーちゃんは、村で一番の友だちで、ぼくの手を引っ張ってくれるお姉ちゃん。

 ぼくと同じ人間あげーとの村長と、森人じぇいどのお母さんから生まれた子で、きれいな金の髪と緑の目、それに少しだけとがった耳が彼女の特徴だ。


「うん。だってお姫さまなら、うんめーの人に出会えるんでしょ? ならネフィーもお姫さまになりたい!」

「でもネフィーちゃん。お姫さまってなれるものなんでしょうか?」


 ネフィーちゃんが大騒ぎしているお姫さまっていうのは、村長おじさんがよく読んでくれる、二人の騎士のお話。


 仲の悪い黒と白の人たちの中で、二人の騎士は黒と言われていた。

 一人は英雄えーゆーって言われていて、とにかく黒と白の仲の悪さに怒っていた。

 一人は勇者ゆーしゃって言われていて、英雄えーゆーといっしょに白と仲良くしようとしていた。


 ネフィーちゃんが好きなのは、そんな二人のお話に出てくる白のお姫さま。

 白と黒の反対を押し切って、勇者ゆーしゃとお姫さまが結ばれるお話は、ぼくだって好きなお話だ。


 でもお話のお姫さまは、最初からお姫さまだった。

 なりたいって言ってなれるものなのだろうか。


「なれるもん! コウくんの好きな勇者ゆーしゃだって、最初は騎士じゃなかったじゃん!」

「あっ……そっか……。じゃあなれますね」


 英雄えーゆー勇者ゆーしゃも、一番最後にそう言われるようになっていたし。

 勇者ゆーしゃにいたっては、途中から騎士になっていた。


 ならお姫さまもなろうと思えばなれるって、子どもながらに納得する。


「でも、どうすればお姫さまになれるのかな」


 大人たちからすると、現実味のない可愛らしいネフィーちゃんの夢。

 でもぼくたちは本気でなれると思ったから、どうすればいいのか方法を考える。


「お姫さまのなり方は、ぼくにも分からないけれど――」


 一つだけ。

 本当に一つだけ、ぼくは方法を思いつく。


 ぼくの憧れも、ネフィーちゃんの夢も、一緒くたにできる夢みたいな方法。

 目の前の家族になってくれた人へ夢を与えたいから、勇気を出して言葉にする。


「ぼくが騎士になれば、ネフィーちゃんをお姫さまにできると思うんです」


 ぼくが騎士になってネフィーちゃんを迎えに行けば、彼女はお姫さまということになるはず。

 そんなぼくの思いつきを聞いて、ネフィーちゃんは目を見開いてジッと見つめてくる。


 彼女は驚きを隠せてなくて。

 でもすぐに表情が緩み、思わずつられてしまう笑顔に変わった。


「もう……コウくんがネフィーの騎士さま? ちょっと違うって、ばか。ネフィーにとって家族と騎士さまはちがうの」

「そうですか。いいと思ったんですけど」


 名案だと思った方法は、ネフィーちゃんからすれば何かが違うらしく。

 しょげ込むぼくだったけれど、頭にそっと触れた手が優しく撫でてくれた。


「でもいいかもね。騎士さまになったコウくんと家族になる。考えてみたら、すっごい嬉しいことかも」

「じゃあ騎士になったら、ネフィーちゃんをすぐ迎えにいきますね!」

「うん。コウくんならきっとなれるよ。お話の勇者ゆーしゃさまみたいに丁寧てーねーにしゃべれるし、いい子だもん」

「……えっ? そうですか?」


 ネフィーちゃんのめ言葉は、顔がにやけてしまうほどに嬉しい。

 でも最後の言葉には、どうなんだろうと首を傾げてしまう。


 丁寧てーねーなしゃべり方は、村長おじさんの真似だし。

 いい子と言われても、いい子じゃないから村の前に捨てられたと、ぼくは思っている。


「そうだよ。コウくんはそのままでいいの。嘘がヘタクソなのまで、騎士さまっぽいんだから」

「嘘がヘタって……。ネフィーちゃん、ぼくをバカにしてますよね」

「してないもん。ホントにコウくん、嘘がヘタなんだもん」


 むぅーと頬をふくらませるネフィーちゃんは、そのままぼくが嘘をついている時の具体例を挙げていった。


「だってコウくん。嘘ついてるときは、目が青くピカピカしてるもん」

「青ですか? ぼくの目は茶色です。青じゃないですよ」

「でもなってたもん。さっきもちょっとだけなってた」

「さっき……」


 思い当たらない。

 嘘なんてついた覚えがないし、つく必要もない。


 だって嘘をつくなんて、良いことな訳がないから――


「騎士さまになりたいって言ったとき。じゃあコウくんは、何になりたかったの?」


 そう言われて、ぼくの手がネフィーちゃんへと伸びる。

 届くはずの距離にいた彼女が、段々と星咲く夜の中へ遠ざかっていく。


 嘘じゃない、嘘なんかついていない。


 騎士になりたかった。

 騎士になって、君をずっと守りたかった。

 ぼくの居場所を作ってくれた君の手を離したくなかった。


 少しでも君に喜んで欲しいから、勇気の心を持って一歩前に出た事は、そんなに馬鹿げたことなのか。


「――……ネフィーさん」


 みどりの星となったネフィーさんは消え、伸ばされた手が天上に向けられているのを、僕は呆然と眺める。


 嫌な汗が体を濡らし、心臓の鼓動から呼吸まで荒れたまま。

 気を落ち着かせようと見渡すと、窓からは白んだ空の明かりが差し込んでいた。

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