19.悪魔再び - 2

 不思議な程に僕の頭は冷め切っていた。

 心から溢れた赤い熱量が、蒼い血潮ちしおとなって全身を巡っていく。


 怒りを憎悪に、悲しみを殺意に、絶望を希望に。

 火花を散らす霧で僕はかたる。


 もう大切なものを失いたくない。

 手を伸ばして、あの背中を守れるように。

 今はただ、あの日と同じく剣を取ろう――


「んん? 君って不意打ちするような人だったんですね、コウさん」


 抜いた剣と鋼棒こうぼうを槍へと組み換え、広くとった間合いでスクリュードを意識外から切り刻む。


 飛翔する複製された斬撃は、物の見事に相手を解体。

 ねた首を縦に裂き、口すらきけない状態になっているにも関わらず、彼の声は聞こえたまま。


「両手に剣――のように見えますが、どうも偽物っぽいですねぇ。見える姿もあやふやで、遠近感すら掴めない。似たものを見たことがある気もするのですが、どこで見たのでしょう」

「似たもの……。それってギヤマさんの定型魔法スキルか」


 僕の間合いを開けた攻撃に、間髪入れずソフィアさんの射撃が加わる。

 赤い雷光になったシンクさんも斬撃と射撃のごくわずかな合間をい、高速の一撃で分割された体を砕いていく。


 再生するにしても痛みはある筈なのに。

 抵抗する意思もなく、スクリュードは暢気のんきに僕の定型魔法スキルへ注目する。


「ギヤマ、ギヤマ……。んー契約した人間アゲートの中に、いましたねえそんなのも。お知り合いですか? コウさん。ああもしかして、ウチが仕向けた集団の中にいましたか」

「……今、なんて言った」


 仕向けた集団。

 その言葉を流せず、僕はスクリュードに食らいつく。


 頭のどこかでは既に理屈は付いていた。

 スクリュードと共に二年間、ローエンさんは各地で壊滅した村々を回っていた。

 目的は定かではないけれど、それは襲われる事を事前に分かっていなければ出来ない。


 偶然に偶然が重なって。

 心の何処かでそう決め込んでいた二カ月前の出来事へ、スクリュードは気分良さげに踏み込んだ。


「ローエンさんから聞いていませんか? 有り体に言えば、ウチが村を滅ぼした原因って言う事ですよ」


 心臓が跳ね、視界が狭まる。


「お嬢の命令でね。適当テキトーな小さな村を幾つか好きにしていいって言われたんですよ。まあ面倒だから滅ぼしちゃったんですけど。こういう時に契約が便利っていうのは覚えました」


 もう喋るなと、振るう槍の柄を強く握る。


「失敗したら命が無いって言うのに、二つ返事で彼らはウチと契約したんです。成功したら力を得られるからって。面白いですよねぇ……。おや、でもそう考えると――」


 蒼い霧が濃度を増し、一面暗い闇となった心の中で、あかい光が灯される。


「ウチってそんなに恨まれる事しました? ウチは命令に従って、彼らに村を襲う理由を与えただけですよね」

「そんな、ことでッ!」


 投げ放った槍の刀身が三つに分かれ、倍以上に拡張された不可視の刀身がスクリュードの体を貫く。


 致命傷にならないのは分かっている。

 でも行き場を見つけた衝動が、得物に伝わり飛翔させた。


「そんな事でネフィーさんが死んだって言うのかッ!!!」

「ああ、そうだコウ殿。そんな事で私の娘も……」


 僕の憎悪は黄金の焔に溶ける槍のように、スクリュードには伝わっていないだろう。

 怒りにえる僕の後ろから聞こえるのは、静かに燃える感情を吐露とろするローエンさんの声。


「しぶといですねえ、ローエンさんは。二年前から何も変わらない。コウさんも諦めが悪い」


 スクリュードへ僕がすぐに斬りかからなかったのは、重傷を負ったローエンさんの為。

 ローエンさんの定型魔法スキルと、僕の霧散蒼影刃ムサンソウエイジンで傷を誤魔化し、彼は今立っている。


 大刀は一撃目の焔で溶け、残る脇差でどれだけ戦えるか。

 僕も唯一の武器を投げてしまい、徒手空拳としゅくうけんのみ。


 それでもまだやれると、霧のかかった僕の魂は嘲笑あざわら悪魔アメジストを睨みつけた。


「――技装ギソウ蒼焔軟鋼路ソウエンナンコウロ

「――狼王六華ロウオウリッカ立金華リュウキンカ


 感覚をかたる蒼い霧に紛れ、深碧しんぺき立金花りゅうきんかが咲き誇る。

 発動したのは、二カ月前にローエンさんの定型魔法スキルを模倣したもの。


 定型魔法スキルの根幹を成すのは、魂に刻まれた最愛の人への思想。


 僕の心を染めるのは、亡くしたネフィーさんへの変わらない想い。

 そしてローエンさんの心には、亡くした家族への想い。


 増幅した想念の輝きが引き起こすのは、生き物としての限界突破。

 人間アゲートとして、獣人マラカイトとしての枠をこじ開ける。


「凄いですねえ。ですが武器も無いのに君たちはどうするん……」


 ソフィアさんとシンクさんの攻撃を受けながらも、笑って次の攻撃へ移ろうとしたスクリュードに、蒼碧そうへきの斬撃が襲う。


 武器が無い?

 なら作り出せばいい。

 お前を殺す為なら、姉妹かのじょたちの力も借用りようしよう。


「……チッ。んだよその武器は」

「ソフィア、もう撃つな。もう……その必要はない」


 攻撃の手を緩め始めるソフィアさんとシンクさんが見るのは、あかく目を奪われるような材質の槍と大刀。

 濃縮した蒼い霧が真紅の透明質な物質へと換わり、中で流動するのは左眼と同じ蒼い炎。


 生成された武器を手に、僕とローエンさんは加速していく。

 強制的に種を超えた身体能力を獲得、失った武器の補填ほてん、そしてもう一つ生み出した定型魔法スキルにより、スクリュードの意識を削ぎ落す。


「これはこれは。んー中々面白いものを見つけてしまいましたね」


 相対せず、語りかける言葉も持たず。

 僕たちは悪魔アメジストの体を切り刻む。


 蒼焔擬紅殻ソウエンギコウカク――リラさんの、姉を後押しする楽団の力を模倣し、黄金の焔に溶かされても何度も武器を生成。

 波状思蒼眼ハジョウシソウガン――シルトさんの妹の期待に応え、皆に希望を与える力を、敵の思考を感じ取る悪意ある模倣をした。


 舞台で光を見せていた二人に対して、許されない冒涜だと分かっている。

 平和を見せる力を憎悪に染めて、衝動に身を任せて振るうなんて、いつかの野盗たちと何も変わらない。


 だけど、そうまでしてでも。

 目の前にいる屑の命が、この世に留まっているのが許せない。


「まだ……まだ死なないのかよッ………………!」


 もう既に三桁に達する勢いで、スクリュードの鼓動を止めている。

 にも関わらず黄金の焔が絶えることなく灯され、嘲笑あざわらう感情が全身を舐めるように刺激する。


 強化された霧散蒼影刃ムサンソウエイジンによる、誤魔化していた肉体への負荷は次第に色を見せ。

 底を見せる限界に焦る僕たちとは違い、スクリュードは依然変わらず余裕の念が伝わってくる。


 命の切断が百を超え、ついに音の速度に近づいた僕たちに――

 限界それはは突然訪れた。


「……ッ!」


 内臓が幾つか破裂する感覚。

 蓄積された負担に骨と筋肉が悲鳴を上げ、全身を支えていた糸が切れるように体が地面へと崩れ落ちる。

 それはローエンさんも同じで、蒼い霧が晴れると深碧しんぺきの花々が散っていた。


 もう武器を生み出せる感覚もなく、立ち上がろうと体に鞭を入れても、拒絶どころか反応すらない。


 遠くで聞こえる雷鳴と金属音。

 残る力で見上げると、再生を終えたスクリュードが僕を見下していた。


 これで終わり。

 そう覚悟した次の瞬間、スクリュードはあろう事か明後日の方向へのんびりと歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る