18.悪魔再び
どうしてここにいる?
当然の疑問を抱きながら、僕たち三人は即座に臨戦態勢へ移ろうとするも、張り付いた笑みを浮かべながら
「駄目ですよぉ。ここはお互い穏便に。ここで何も起こさない事が、不幸中の幸いって奴でしょう?」
出会ってしまった最大の不幸はさて置いて、抑えられる不幸を引き起こすことは無いと。
目の前の
「うーん……。それにしても、どうして生きてるんですか? ローエンさぁん。契約が途切れたから死んだと思ったのに。不思議なこともあるものですねぇ」
「私が生きていようが死んでいようが、どうでもいい。――スクリュード。貴様に聞きたい事が一つある」
「あれま。ローエンさんが? ウチに? いったい何ですかねぇ」
殺意を含んだ緑の
抵抗の意思は見えないけれど、何を考えているのかも見えてこない。
「娘は……ローナはどうなった」
「むす、め。娘。……ああ、アレですか。やだなぁ、ローエンさん。貴方と出会ってもう二年ですよ? ポイっとした後は知りません。ええ、契約通りちゃんと安全な場所に。ウチ的にこれ以上ない位の場所です」
僕もローエンさんも無言で
悪意を吐き出すその口を塞ぐため。
だけど殺意の意図を、スクリュードは
「本当にウチはツイてない。事実を言っただけなんですが」
「――ッ!」
火蓋を切ったのはローエンさん。
左眼から
群衆の中、上体を僅かに後ろへ倒した状態からの抜刀。
無理な体勢からでも放てるのは、
避ける暇も防ぐ隙すらない。
だというのに、
「――
紡がれる悪意の
スクリュードに一撃は決まったものの、彼は切り裂かれながら
無傷、回避、警告、逃走。
そのどれもが遅く、一人でも多く逃がそうと避難を促そうとした僕たちの声は、スクリュードの右手から放たれた黄金の焔によってかき消された。
「――……ッ……ァァ……!!」
全身が痛い。
漂う何かが焼ける臭いにむせ、視界が歪み、声を出すことすら苦痛を感じる。
まだ生きている。
焼けた痛みで自身の生存を実感するけれど、起き上がり
会場の半分以上が不気味に輝く金色の焔に包まれ、残った人たちはただ生きた事実を飲み込むのに必死で、逃げる事すらままならない。
「なんで……なんでこうなるんです。どうして僕だけが無事なんだ」
理由は明白。
全身から漏れだす蒼い霧――
今こうして起き上がれるのも、全ては無意識に発動した
「僕が……僕だけが無事じゃ駄目なんです」
でも生存を喜ぶ本能を、僕は必死に否定する。
このままだとあの時と同じになってしまう。
ローエンさんを、ソフィアさんを、シンクさんを、リラさんを、シルトさんを。
この場に残る全員が死ぬ光景を想像すると、熱く猛る心に水がかかる。
魂に冷たい火が灯され、心に燃え移り、体へ巡った蒼い炎が左眼から
「だから僕は、俺は……お前を――」
黄金の焔に蒼い霧が紛れる中、気ままな
「しまった。仕込むように言われてた
黒山羊の角と
黒く染まった空を仰ぎ見る彼は、首を鳴らしながら考えこむ。
「あれ? でも何でしたっけ。お嬢に言われてたのは確か、都市焼いてそれから……。
ぼやくスクリュードの視線は、空から残る人々へと移り変わる。
更にはその先、次の楽曲を始めようとしていたシルトさんとリラさんにまで、妖しい金色の瞳が捉えた。
「ああ、一個思い出しました。人気がありそうな奴は捕まえれば良いんでしたっけ」
瞳に映る彼女たちには聞こえない独り言。
でも彼女は――シルトさんは、伝わる悪意に恐怖しながらも、大きく息を吸って解き放った。
「みなさんッ!!! 早くッ! 逃げてくださぁぁぁぁいっ!!!」
全員が思わずシルトさんに振り向くも、心に伝わった
生きたい、死にたくない。
麻痺していた感覚が暴発し、大混乱を引き起こしながら逃げ惑う人々だが、シルトさんとリラさんが
「んー、逃げる人はどうすればいいんでしたっけ」
遠ざかっていく人々を、スクリュードは煙草を満喫しながら眺めていた。
契約とは違い、口約束の内容はうろ覚え。
何か細かい事を言われていた気がするけれど、くゆらす煙の如く消えている。
考えるだけ無駄かと諦めた彼が、もう一度
「やっぱりいますよねぇ、
「っるせえよ。この前に見てぇに逃げねえなら、そのド
「いきなりは止めろよ、ソフィア。まずは動きを止めるぞ」
会場を焼き払った黄金の焔から出てきたのは、ソフィアさんとシンクさん。
二人の瞳は既に
「――
「――
ソフィアさんの右眼が龍のそれに変わり、刻まれる赤の割れたハートの印。
流れ込んでくる
そして隣の男もまた
「あれ?」
真紅の稲光が大地を駆け、煙草を咥えたスクリュードの両足、そして両腕が
どういう事かと彼が思案する間もなく、赤い閃光となった蹴りが頭部へと打ち込まれる。
宙へ舞った
狙いを定め、敵を撃ち抜くべく、彼女は
「さっさと力を寄越せ、ザイカ!」
『
「っるせえよ、このジジイが」
ソフィアさんの脳に直接届く、冷めた音声。
その声の主は、彼女の右腕に嵌められた赤い金属の腕輪。
腕輪から媒介とする朱色の炎を発し、自らの内に登録された情報から武器を形成していく。
作り出されるのは鈍く銀に光る
熱量を弾丸とするそれに、吸収したスクリュードの金の焔を供給する。
龍の瞳により遅滞した視覚のなか熟される、攻撃の行程。
迷わず
「……ガァッ!」
放たれた灼熱の弾丸により、腹部に三つの風穴を開けられ、転げていくスクリュード。
無力化を確認したシンクさんはようやく動きを止め、
頭部には黒く艶やかで、九つに枝分かれした角。
腰部から後ろに伸びるのは、赤髪と同色の細やかな龍の尻尾。
そして目立つのは、部分的に変異した四肢と全身に
「あー……
「いやはや全くもって、完璧に死にました。あの方の力を使うとか予定外です。
「不死身。――違うな。なんだその力は」
ソフィアさんの問いに答えたのは、よくて
顔を引きつらせるソフィアさんと、冷静に目の前の事象を観察するシンクさんが見たのは、並みの
腹部の
スクリュードの放つ黄金の焔が吹き出し、見る見るうちに肉体が再生される。
数秒も経たずして無傷となったスクリュードは立ち上がり、変わらない笑みを振りまいていく。
「何ですかねぇ。警告すらしない騎士団には教えられ――」
黄金の焔を警戒して、構えを取るも二の足を踏むソフィアさんとシンクさん。
完治する隙を与えてしまい、次はどう動くと算段をつけていた所へ、それは乱入した。
まかれた炎を振り払い、蒼く空間を歪ませた霧が、スクリュードに向けて無数の刃を飛翔させる。
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