17.星合祭り - 2

 シンクさんと別れて、舞台前まで回り込んだ僕たち三人。

 待っているお客さんたちの多くは落ち着かない様子で、舞台の開幕が始まるのを今か今かと待ち焦がれていた。


 明かりは沈む陽光と入れ替わった星々と、舞台を照らす篝火かがりびだけ。

 都市に灯された光は心許なくて、今世界の中心はここなのだと思えてしまう。


「この人だかりの中で怪しい人物を探すのは、難しいですね」

「気にせず舞台の方見ろよ、コウ。警備なら他がいる。人間アタシらより優秀な奴らがな」

「ですがそれだと仕事が……」

「シンク殿の気遣いを無駄にするな、コウ殿。今この時だけは、私たちは観客としてこの場に立って良いんだ」


 僕が不審な挙動をしている人がいないか、それとなく周りを見ていると、ポンとローエンさんのてのひらが頭に乗せられる。


 警備をしているのは、僕たちだけでない事は重々承知している。

 それこそシンクさんを始めとした紅玉こうぎょく騎士団の方々、祭典の運営をしているムーンティアーズの面々。

 そして僕たちと同じく、有志で治安維持に参加している人だっている。


 だから僕だけが頑張る必要が無いのは分かっている。

 そのつもりだったけれど、ローエンさんとソフィアさんの指摘は、身に染みるものがあった。


「……はい」


 短く頷き、はやる気持ちを抑えて舞台に意識を集中させる。

 ざわめく大衆たちが徐々に静かになっていくのは、そのすぐ後。


 誰もいない舞台の上を、ドレスで着飾ったリラさんが歩いていく。

 人々の視線が集まっていく中、用意された椅子に彼女が座る頃、会場から一切の音が失われていた。


 リラさんが目を伏せ、軽くハイヒールのかかとを鳴らす。

 彼女の足から流れ舞台へ広がるのは、波紋となって広がる透明質な水。

 その水はやがて立体的になり、様々な楽器が形成される。


 シルトさん曰く、ハイドローケストラと呼ばれる定型魔法スキルで作られたのは水の楽器群。

 同質の竪琴たてごとを手にしたリラさんは、張られたげんを流水の如く雑音なく弾いていく。


「良い音色だ。私ではこれ以上の表現が思いつかないな」

「僕もです。リラさんが水霊パールだから。なんて理由で納得できるものじゃないですね」


 静かに、けれどもしっかりと会場の端にまで届く清浄な旋律。

 嵐の前の静けさと言える静穏さは、不思議とへの期待が高まっていく。


 前奏だろう音色が、少しずつ少しずつ……音量を下げていき。

 またしても静謐の時へと戻された瞬間に、もう一人が飛び出した。


「はあああいっ! みんなー! 今日は集まってくれてありがとう! いきなりだけど、どんどん盛り上がっていこぉーーーーー!!!」


 打って変わって弾かれるのは、スピード感のある明るい楽曲。

 彼女らしい曲と共に、シルトさんが両腕を上げ満面の笑みで登場した。


 先程には無かった熱量が、会場の前列から波打つように後方へと流れていく。


 静寂から熱狂へ。

 洗練されたリラさんの曲を背にして、シルトさんは舞い踊っていく。


 リラさんの流麗りゅうれいな歌声に、シルトさんの溌溂はつらつとした掛け声。

 二人の美声は、歓声に負ける事なく後方にまで到達している。


「……ん? ああこれか。コウとオッサンが言ってた、アイツの定型魔法スキルってやつ」

「はい。とはいっても練習の時と比べると、想像がつかないほど凄いです」

「これは思わず高ぶってしまうな。ソフィア殿はよく平気で」

「平気か。まぁ、かもな」


 四方八方から無造作に流れ込んでくる、熱い感情。

 触発されて沸き上がる熱意は否定できず、僕は溢れる感情を持て余してしまう。


 コネクト・ストリング――それがシルトさんの使う、誰かに感情を伝える定型魔法スキル

 相手と感情を見えない糸で結び、感情の共有を図る力は、一度使い始めれば連鎖的に誰かと結びつき、起点となった感情を伝えていく。


「アイツが呼びかけとかすっと、そこのヤツらが一気に盛り上がんな」

「コウ殿との練習の成果だな。成る程。こういった感情の強弱を出す為にやっていた訳だ」


 舞うように糸を振るい、観客を一つに繋げていく様は、まるで劇場全てを演奏者に変える指揮者のよう。

 老若男女関係なく、こっちに来て一緒に踊ろうと手を引くシルトさん。


 だけど僕は燃え上がる感情に従って、明るく照らす彼女ではなく、数多の楽器を鳴らすリラさんへと目を向けた。


 時々シルトさんは観客ではなく、リラさんにだけ目線を配る時がある。

 その度に真剣な表情のリラさんは頬を緩ませ、より力ある演奏が奏でられる。


 ただの合図に過ぎないはず。

 そう思おうとするけれど、普段のシルトさんを見たことあるからこそ、観客の彼らとは違う風にしか捉えられない。


「何を考えているんだ、僕は」


 ひとり呟く僕の心に霧がかかる。


 技装ギソウの練習として、シルトさんからリラさんの話を聞いてから、二人の間に雁字搦がんじがらめの糸が見える気がする。

 思いを広げる力を、僕のこころはどう解釈したのか。


 姉は妹の一番に、妹は姉を一番に。

 そんな輝きの循環を描く二十星を、僕たちは水鏡みずかがみの偶像でしか見れていない。


 そんな直感が、耳打つうたによって加速する。


「そういえばこの歌詞。シンク殿が星合祭りの説明をする際に言っていた、お伽噺とぎばなしに似ているな」

「ああ。そっから引用してんだろ」


 双子ふたりが口ずさむ歌は、明るい曲調とはズレた悲恋話。


 水霊パールの少女は一人、歌い踊っていました。

 閑散かんさんとした広場の真ん中で、スカートの裾を翻す。


 彼女は空へ語りかける。

 ――皆さま一緒に踊りましょう、歌いましょう。


 そんな彼女を前に、一人また一人と誰かが足を止める。

 みすぼらしい服装だから?

 それとも美貌に惹かれたから?


 ううん、それは違う。

 足を止めたのは容姿すら目に入らない、儚い声を聞いたから。


 彼女は悲しんでいる。

 だからああして踊っている、歌っている。


 なぜ――それは愛する彼を送り出したいから。


 旅立ちを祝おう。

 例え涙が零れ続けても、笑顔で彼を見送りたい。


 貴方に捧げよう。

 私はこうして元気でいると、泣き崩れてなんていないと踊ってみせる。


 私の声は届いていますか?

 海のように青く深い、この空を辿って――


「……コウ殿。大丈夫か?」

「大丈夫です。お話の一つでショックを受けたりなんか、しません」


 一曲目が終わり、ローエンさんが声をかけてくれたのは、歌詞が僕の境遇に似ていたからだろう。


 何も感じなかったと言えば嘘になる。

 でも浮き上がった感情は、きっと共感と呼ばれるもの。


 遠くにいても、近くにいても。

 大切な人の一番になりたい、一番になって欲しい。

 そんな想いが伝わってくるようで、改めて僕の心を見つめ直してみる。


 遠く離れた大切な人ネフィーさんに、僕はなんて言えばいいのだろう。

 踊れない歌えない、なら僕は何をして彼女へ想いを伝えられる?


「僕は、大丈夫です」


 日が落ち、星が散らばる黒になった空を見上げて僕はささやく。


 胸を張って、憧れていた騎士のように誰かを助ける人になる。

 その夢はまだ諦めてはいないから。


 だから――


「……おっと、すいませんねぇ」


 胸にかかる霧が晴れ、空へと掲げる誓いはやる気の無い謝罪によって妨げられる。

 二曲目に入る前に移動しようとした人と、肩をぶつけてしまった。


 そう思い反射的に謝ろうと振り返った僕は、驚愕のあまり言葉を失ってしまう。


「おや、いつぞやの人間アゲートじゃないですか。勘弁してくださいよ。ホント、ウチが予定立てると破綻しますなぁ」


 紫のシャツに真っ黒なスーツ。

 煙草と酒の臭いをこれでもかと漂わせる男が、胡乱うろんな金色の瞳をこちらへ向けた。

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