16.星合祭り

 祭典当日。

 雲一つない快晴が都市に住む人々を受け入れ、人々は大手を振って家々を飛び出していく。


 職や地位など関係なく都市を埋め尽くしていく人々は、実に華やかで楽しんでいた。


 人の集まりを好機と見る商人や、純粋に腕を振るう職人。

 祭りに合わせて結婚の宣言をする人や、今まさに新規開店を大々的にうたい上げる人。


 そんな煌びやかな住人たちを横目に、シルトさんとリラさんの警護を受けた僕たちは、一言で表せる状況だった。


 多忙。

 それ以外の表現が出来ない程、彼女たちの人気は絶大だった。


「お疲れ様でした、三人とも。残りの本番と後処理を終えれば、今日の仕事は終了です」


 都市一番の大広間。

 大仰な舞台ステージが設置され、その前には定められた枠を超える人々が、これでもかと押し寄せていた。

 集合した人々にもはや種族は関係なく、世界中の種族全てがここにいるのでは無いかと錯覚するほどだ。


 青々とした快晴は日の沈む今も続き、藍色の空の下。

 舞台裏でシンクさんは余裕のある笑みと共に、僕たちにねぎらいの言葉を口にする。


「やっ、やっと終わるんですね」

「私の覚悟が甘かった。まさかこれ程とは……」


 体験したことの無い疲労感に襲われる僕とローエンさんは、その場に座り込んでしまう。


 思い返すのは、今日一日で起きた田舎では味わえない体験の数々。

 祭典を取り仕切る側の人員不足から来る、手の空いた人員のたらい回し。

 シルトさんたちの人気の程が分かる、大量の贈り物の運搬。

 普段では考えにくい、衝動的な不法侵入の対処。


 そして何より衝撃的だったのが、シルトさんたちではなく僕たち﹅﹅﹅を誘おうとする人たちの存在だった。


「縁結びのお祭りというのは聞いていましたが、まさか誰彼構わず迫ってくる人がいるんですね」

真摯しんしに働く姿を見せるコウ殿だからこそ、彼女たちは惹かれたのだろう。私に至っては分からん。何故妻帯者さいたいしゃに言い寄るんだ」

「旅立ちと縁結びの祭典、星合祭ほしあいまつり。それを口実に、他人との縁を求める人が増加の一途を辿っていまして。今日捕らえた不審者の動機は、ほぼ全員がそれです」

「……都会って恐ろしいですね」


 星合祭ほしあいまつり。

 元々は旅立つ人を祝福する土着どちゃくの文化だったが、人が増え都市化する際に、流行りのお伽噺とぎばなしと混ぜ合わせた結果、出来上がった祭典。


 一日を通して巣立つ者を祝い、そしてまた会える事を願う。

 始まりはそんな細やかな祭典だったのが、今となっては都市の至る所でお祭り騒ぎ。


 旅立ち――つまりは新しく何かを始める者は、成人に結婚や新規店舗の開店の祝いと、僕も手放しで喜べることばかりだ。


 問題は縁結びに置き換えられた、再開の部分。

 商業組織ムーンティアーズが意図してお伽噺とぎばなしと合わせたらしく、それにすがる縁の無かった人々が、今日だけは躍起になるらしい。


「そういやオマエも口説かれてたなぁ、シンク。ツラの良いヤツは大変なこった」

「なら助けてくれよ。ああいう女性が一番苦手なの、知ってるだろ?」

「おいおい、まるで助けなかったみたいな事言うなよ」

「彼女たちにガン飛ばす真似は、助けたとは言わない。まったく。どうしてそんなチンピラ紛いになったんだか」

「るせえよ。それこそ知ってんだろ、テメェ」


 僕たちと同様。

 ううん、それ以上に多くの女性から言い寄られていたシンクさんは、精神的な疲労を強く感じていた。


 シンクさんが患う女性恐怖症の根深さは、僕の予想を遥かに超えていて。

 女性と目を合わせられない所か、身体的な接触があると吐き気や嫌悪感を催すらしい。

 だから彼からしたら、今日みたいな日は地獄そのもの。


 一応ソフィアさんが補助に入っていたのだが、シンクさんの思うようには事が進まなかったようだ。


「――わっ! ドタバタしてたから、みんな大丈夫かなーって見に来たら、全滅してる」

「……ソフィアさんだけは、無事みたい」

「シルトさん、リラさん。なんて言うか、凄い衣装ですね」


 一変する沈んだ空気。

 流れ込んだ明るい声は、暗い雰囲気を陽光のように照らしだす。


 現れた双子の姉妹が着ていたのは、互いの印象によく合った両極端な舞台衣装。


 シルトさんは言動こそ少年染みた雰囲気を出しているが、服装は男装の麗人そのもの。

 シンクさんの着る軍服をアレンジしているのか、動きやすさも考慮されている。


 対してリラさんの衣装は、舞踏会にでも出るのかと言いたくなるような、ロングスカートのドレス。

 ハイヒールを履いている影響か、今でもシルトさんと手を繋いでやっとの様子で、足元が危なくて不安になる。


 どちらも白を基調として、青の差し色と星をイメージした柄が入っているところから、星合祭りに合わせているのは一目瞭然いちもくりょうぜん


「ふふん。どう? カッコいいでしょう」

「……姉さまはこういうのを着なくても、かっこいい」

「僕はこういうのにはうといんですが、そうですね。とても格好良いと思います」

「……むぅっ」


 でしょー、と二本指を立てるシルトさん。

 素直な感想を言ったつもりなのだが、どうしてかリラさんに睨まれてしまったので、それ以上の言及はしなかった。


「ホントはローエンさんみたいな、獣人マラカイトの伝統衣装を着たかったんだけど、急な予定変更はダメって言われちゃった」

「……マネージャー。融通効かない」

「この規模の祭事で、急遽きゅうきょ変更は難しいだろう。そのマネージャー殿も頭を抱えただろうな」

「服ぐらいダメなのか?」

「大まかに決めている段階なら出来る。でもローエンさんと知り合ったのはここ一か月だろう? なら難しいだろうな」


 なぜ変更できないのか疑問な三人とは違い、ローエンさんとシンクさんだけは付き人マネージャーに深く同情していた。


 村長をしていたローエンさんは、祭事も取り仕切るだろうから当然として、紅玉こうぎょく騎士団でも似たような事が多くあるのだろう。

 祭りを行う側に立ったことが無い身としては、二人の反応から余程難しい事なんだろうなと考えるしかなかった。


「っと。言ってたらそのマネージャーが呼んでる。それじゃあみんな。あたしたちの練習の成果、ちゃんと見てってよね!」

「……じゃあまた」


 遠くで二人を呼ぶ森人ジェイドの声に反応し、シルトさんはリラさんを抱きかかえて颯爽さっそうと消えていく。

 お姫様のように扱われているリラさんは、驚いたのは一瞬だけですぐに笑顔に変わっていた。


「さて。元気を分けて貰って見なかったでは、シルト殿に申し訳が立たないな」

「ったく。アレ、素なのか?」

「いつものシルトさんですね。タイミングは偶然だと思いますが」


 シルトさんたちが見えなくなった辺りで、僕とローエンさんは重くなっていた筈の腰を持ち上げる。

 偶然だろうと、明るさをもたらしてくれたシルトさんには感謝する他なく、不思議と全身に気力が満ちていく。


「では三人とも会場の方へ行ってください。俺は舞台側にいます」

「あっ、じゃあ僕もこっちに残ります」

「じゃあじゃねえよ、コウ。オマエもこっちだ。ほら、行くぞ」


 警護の仕事が残っているので二組に分けるのが良いと思い、僕はその場に残ろうとしたが、ソフィアさんに首根っこを掴まれてしまう。

 有無を言わさず会場側へと連れ去られていく僕を見て、シンクさんは静かに手を振って微笑んでいた。

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