15.双子と別れて、それから

 双子の姉妹、シルトさんとリラさんとの顔合わせも終わり、僕たちは早々に退室する運びになった。

 二人がいた部屋を離れ、他に用事の無い僕たちはエントランスへと向かっていく。


 ここは商業組織ムーンティアーズの支店の一つ。

 白色を基調とした石と煉瓦レンガで建てられ、廊下一つとっても小さな家具にまで拘り抜いた配置は、学のない僕でも目を奪われてしまう。


 十二の強力な種族の内、芸術に秀でた水霊パールの拠点として相応しいものであり、一切の妥協が感じられない。


 歩く最中、考えてしまうのはシルトさんとリラさんの事。

 建築に絵画、音楽や陶器など。

 目に見えて凄いと分かるものだけが芸術だとは思わないが、対面したあの二人――特にリラさんからは、そんな印象が皆無だ。


 体の柔軟性を生かして、踊りをするシルトさんは想像できる。

 けれども内気なリラさんは、果たして何を行う人なのか。


 浅い理解しかないが、アイドルヘの疑問は底を見せない。


「あの二人が祭典で何をやるのか、気になるみたいですね。コウさん」

「凄いです。よく分かりましたね」


 胸中を言い当てたシンクさんに、僕は感嘆の意を示す。

 顔に出ていたのかなと頬に手を当てていると、シンクさんは肩をすくめながら話を続けた。


「これでも紅玉こうぎょく騎士団の端くれですから。多少の観察眼が無いと上司に怒鳴られます。まあ俺も会場でのお二人を見るのは、今回が初めてなので、どんなものかまでは。ですが――」


 話しているのは僕とシンクさんだが、いつの間にかローエンさんもソフィアさんも、僕たちの会話へと耳を傾ける。


予行演習リハーサルでの彼女たちは、目を背けることが難しいほど輝いていました」

「んな持ち上げて大丈夫かよ、シンク」

「実際難しいからな。使われる定型魔法スキルも、会場にいる以上は抗う意味がない代物だし」

定型魔法スキル……。もしかしてアレでしょうか」

「十中八九、シルト殿の定型魔法スキルで間違いない。練習していたのはこの為か」


 シンクさんの話を聞き、僕とローエンさんが思い浮かべるのは、数日間一緒に練習してきた、シルトさんの定型魔法スキルの存在。

 それは先日の三時間に及ぶシルトさんの話の中にもあった。


 感情の糸を、思いを誰かと繋ぎ合わせる能力。

 それが彼女の力の正体だ。


 それを人の集まる当日で使うこと、それが悪用では無いこと。

 どちらも容易に想像ができる。


 他にも妹のリラさんの能力も話していたが、すぐ別の話に逸れてしまった為、具体的な事は何も知らない。


「当日は二人のパフォーマンスを見れるように調整するけど、警護の仕事を忘れないでくれると助かる」

「今の話からすると難しい注文だな」

「アタシは興味ねぇけど。コウ、オマエは?」

「僕はあります。ですので何事も起きて欲しくないですね」


 シルトさんの練習の成果を見れるというなら、沸き上がる好奇心に嘘はない。

 だけど興味があると言った事が意外だったのか、目を見張るソフィアさんに、僕はどうしたんだろうと首を捻る。


「……まあいいや。おいシンク。こっからどうすんだ? 顔合わせっつって連れてこられたが、まだなんかあんのか」


 ソフィアさんの表情の意味が分からぬまま、エントランスへ着いた僕たち。

 まだ行く場所があるのかと彼女がシンクさんへ問いかけると、返答は思いの外早かった。


「いや。ここで解散して大丈夫だ。皆さん、お時間を頂き有り難うございます」

「ふむ、そうか。……ではシンク殿。良かったらこのまま一緒に、昼食などどうだろうか?」

「有り難い申し出ですが、済みません。俺、これからここの支部長に挨拶をしないといけなくて。またの機会があれば、是非」

「んなもん、すぐ終わんだろ」

「そう都合よく事が進まないのが、公的な仕事なんだよ。ソフィア」


 そう言ってシンクさんは、駆け足気味にエントランスから姿を消す。

 先日も警護の仕事を持ってきた時、彼はのんびりお茶をする暇も無く、今と同じように家を出たらしい。


 多忙を極める彼の仕事を、少しでも手伝えないのか。

 そんな考えが僕の脳裏に過ぎるけれども、恐らく警護の手伝い以上の出来る事は無いだろう。


「気にすんな、コウ。仕事中毒ワーカーホリック龍族ルビーの気質だ。いざとなりゃ、ふん捕まえりゃいい」

「……シンクさんも、ソフィアさんも。僕の考えがよく分かりますね」

「はっ。今のはアタシらで無くても分かるっつうの。なあオッサン」

「私は二人ほど確信を得られる訳では無いが、何かとコウ殿の反応は正直だからな。推測は立てられる」


 全員過程は違えど、至る結論は同じだったらしい。

 僕が分かりやすい方なのか、それとも彼らの観察眼が優れているのか。


「アタシとシンク相手にすんなら、まずその腑抜けた顔から何とかしねえと無駄だぞ」

「ずっと思っていましたけど。ソフィアさんの右目、いったいどうなっているんですか?」

「確かに。人間アゲート龍族ルビーの力を得るなど、ただの努力で成せる事では無いだろう」


 二カ月前から、自身の事を語りたがらない彼女には幾つも疑問がある。

 その中でも最も大きいものが、彼女の右目に宿った龍の力。


 疑似的な再現か、それとも本物なのか。

 その答えはあっさりと告げられた。


「ああ、これは貰いもんだ。親の恩人が龍族ルビーでよ。アタシが生まれた時に加護としてくれたんだ」

「私がスクリュードとしてた契約。それに紅玉こうぎょく騎士団が扱う首輪みたいなものか」

「ハッ! それよか上等だよ。アタシなりの定型魔法スキルに変わっちまってるが、龍族ほんもんと同等な代物だ」


 龍族ルビーと同じ力と聞いて、僕とローエンさんは途端に口をつぐむ。


 世界に君臨する絶対種の瞳。

 シンクさんと対峙している時点ですでに遅いのだが、下手な言動を取ると心の底まで見透かされる気がしてしまう。


「……あー、そのだな。アタシだって本気マジ龍眼コレ使うの、バトる時だけだぞ。普段は他より目が良いってだけだ」

「そ、そうですよね。人間アゲートが使ったら限界とかありますよね」


 ソフィアさんの言う本気の状態は、きっと二カ月前の事件の時みたく、右目の周りに刻印が出ている時だろう。

 普段はその名残で視力が上がっている、その程度の筈だと僕は安心と共に息を漏らした。


 どうしてだろう。

 嫌な汗が背中を伝う、心が怯えて心臓が跳ねる。

 彼女に嘘をついてる訳でも無いのに、僕の魂は焦りを感じていた。

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