8.傀儡の狼
黄金の光が放たれ、僕の体は吹き荒れる爆風により遠方へ弾かれる。
地面へ何度も衝突し、放り上げられた僕が転がり着いたのは、抜き身の刀を構えるローエンさんの足元。
左眼から
「いったいこれは、どういう了見なんだ。スクリュード殿」
「どうもこうも無いですよ。
「そうじゃない。何故後ろの彼らまで巻き込んだと聞いているんだ!」
僕たちの位置から見ても、黄金の焔は後方一帯を隈なく包み込み、生者の可能性は絶たれていた。
残っているのは光を放った張本人だけ。
黄金に煌めく炎を背に、ローエンさんの声を聞き届ける影は、腹を抱えて笑っていた。
「何言ってるんですか。ウチと貴方の契約はただの一つ。――娘さんの命と引き換えに
口を紡ぐ人狼を影は笑う。
子供のように無邪気に、悪意が煮詰められた釜口を釣り上げて。
「さて
黄金の焔によって、御者の着ていた
中から現れたのは、賑わう都市部で流行っている黒スーツを着た、姿勢の悪い男性。
整いきっていない紫の頭髪。
目の周りには隈を作り、顔の赤みと
黒いジャケットの下は紫のシャツを着こみ、結ぶネクタイは乱雑に緩められている。
気だるげで印象の悪い男性だが、彼の種族を示す身体的特徴に目が奪われてしまう。
「……
男性の腰部から伸びる、
頭部には黒山羊の角が大仰に生え、
それは紛れもなく彼が
世界に存在する強大な力を有する十二の種族。
「さてさて
「それは……」
「拒否しても良いですよ。そうしたら
一方的な要求だけを残して、
誰も逃げた彼を追うことは出来ず、取り残された僕たちの中で初めに動いたのはローエンさんだった。
構えていた刀による円を描いた薙ぎ払い。
間一髪で僕と女性は避けるも、
「待ってください、ローエンさん! まさか今の言葉に従うんですか!?」
「悪魔に魂を売った私に残された道は、これだけなんですコウ殿」
握る刀に殺意が伝達し、
まごう事なき
先の一撃で僕の倣った
「――
僕も
後手に回るも、
そんな期待は、予備動作無く振るわれた一撃が左肩を裂いた事により、いとも簡単に打ち砕かれた。
「っぅ!」
「コウ殿の言い分は承知しています。悪に屈しその一派として働くのでなく、
「それを浴びせんのは数年遅かったな、ガキ。コイツはもう手遅れなんだよ」
続く二撃目。
本調子ではない体は言うことを聞かず、死の直面に硬直してしまう。
逃げる間もない攻撃は、炸裂音と共に高速で飛翔した物体により妨げられた。
雨の中でも影響を受けず放たれる、高熱の弾丸。
ローエンさんは弾丸を物ともせずに、弾くどころか、そのまま女性に同等の攻撃を返していく。
「ああ、その通りだ。二年も前に
「僕たちが乗っていた馬車以外にも、沢山の誰かが……彼らは、彼らは仲間じゃ無かったんですか」
「仲間だよ。同じ境遇に立たされ、共感や同情だって勿論ある。だがそれだけだ。私には彼らと娘は同じでは無いんだ」
女性を引き金を引く合間に、僕にもローエンさんの斬撃が放たれる。
土俵の違う相手との対峙の片手間とはいえ、蒼い霧を見切る鋭い一撃は着実に僕の体を刻んでいく。
ローエンさんにとって、この世にある一番は娘さんだけ。
大切に思っているからこそ、人質となった彼女を守る為、彼は
「限界なんだ。もうこの手で守れるのは、娘だけしかいない!」
全身に切り傷を増やしながら、ローエンさんから距離を置く僕は、援護をしてくれる女性の下へと辿り着く。
剣を振るい、
剣士としての質が違い過ぎて、僕が攻め入る隙を与えてくれない。
「おい、オマエ。事情聴取は後だ。あのオッサンをふんじばるぞ」
「分かりました。今は味方という事で良いんですよね」
「味方じゃねえよ。利害が一致しただけだ」
交わされ続ける斬撃と銃撃。
一進一退の状況になり、ローエンさんから目を逸らさず僕たちは言葉を交わしていく。
彼女と僕の今の関係は、味方でないのなら一時的な協力者だろう。
その意味するところはきっと、僕も少なからず、あの
違うと言いたいところだけれど、今はすべき事に集中する。
「僕の名前はコウです。切り込んでみますので、援護をお願いします」
「へえ、思い切りが良いのは嫌いじゃねえ。アタシはソフィアだ。オマエは死んでくれるなよ、話し相手が減っちまう」
飛び交う
右手に剣を、左手には
相手の狙いをずらし、複製した斬撃と打撃を放ちながら、ローエンさんへ駆け寄っていく。
当然、力量の上回る相手を前にして、距離を詰めれば受ける傷は深くなるばかり。
後ろから放たれる銃撃は、音を耳にするだけで意識が削がれ、いつか背中に来るのではないかと考えてしまう。
赤い
引き締められ、熱く猛る鼓動は弱まり、本来あるべき感情を塗り替える。
「ローエンさん。娘さんだけを守る。そんな道しか貴方には残されていないんですね」
「それ以外何がある。どれだけ細い糸だろうと、私はそれを手放すつもりは無い!」
「……羨ましいです」
心から零れ落ちる
暗闇に閉ざされた中で、必死に小さな光を握りしめる彼の立ち振る舞いに、光明に近い輝かしさを僕は感じてしまう。
あの日、あの時。
ネフィーさんだけが助かっていたら、きっと僕はローエンさんと同じ道を取っていただろう。
守ると誓った少女が世界の中心となって、僕はその本懐を遂げるべく奔走する。
彼の心境は痛いほど理解できる。
だから、だからこそ――その輝きに手を伸ばしたくなる。
「そんな
熱く流れていた
ローエンさんの現状に納得できない、理解は出来ても頷けない。
守るだけを
どうしてそこで諦めてしまうのだと、血の通った思いは濃霧に閉ざされた。
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