5.少年が抱くは崩れた宝の世界
野盗の笑みが見えたのは束の間、
飛翔する
こちらも見えはしないが、僕は勘を頼りに剣を振るい迎撃していく。
続き二度三度、今度は一撃目の速度を考慮し、僅かに見える腕の動きに合わせて切り払う。
響く
見えにくい以外は、ただ相手の間合いが伸びているだけだと断定。
(これが相手の
姿を
表面的だが性質を捉え始めた僕に、放つ度に速度を上げる野盗は話しかけてきた。
「
(
心身ともに温まって来たとばかりに嬉々として名乗りを上げる
どうしてギヤマの攻撃を初撃で防げたのか、心の変化に
その礼も合わせて、自分も名乗りを上げようとしたが体以上に魂が否定した。
抱く光の純度を上げる為、思考に巡るのは正しさの逆転。
騎士を目指す者として相対する者に名を告げるのは、堂々とした戦を確約するもの。
だからこそ、この先の行為に正統性は無いと否決する。
「うるせえよ、馬鹿が。お前如きに名乗る価値があると思ってんのか」
「ハッ! 言うじゃねえか。だったら無理矢理にでも口を割らせてやる……ぜ!」
同時に放たれる三つの
ギヤマの動きを模倣し、放たれた順番に僕が迎撃すると、彼はさらに機嫌が良くなってしまった。
選択を間違えたと僕は舌打ちをし、下手な会話は自分を苛立たせるだけだと言葉を飲み込む。
代わりに飲み込んだ言葉を剣に乗せ、一撃一撃を確実に防いでいく。
「単純な身体強化か? いいやちげぇな。
そして当然。
僕がギヤマの
沸き上がる
体が勝手に動く事も無いし、ギヤマの次の手が分かる訳でも無い。
剣の技量はギヤマの方が上だと認める所で、僕はただ
「なら。ならっならっならァッ! これならどうだよ、ガキィ!!!」
都合七度。
僕より優れた剣士だと理屈づけたギヤマは、喜びに打ち震えながら剣を振るう。
全身の輪郭が崩れる程の
視認できないカゲロウの飛翔は、複眼を持ってすら捉えられるか否かの絶技。
そんな彼の揺らぐ輝きを目にした僕は、身に宿った
「――
剣で足元に落とした
魂から
「
全身を蒼く暗い霧で
飛翔する斬撃と打撃を使い、彼の放つ
「……くはっ。はっ、はははっ! 何だよ、何だよ何だよなんだよ! 最ッ高ぅに面白れぇ事すんじゃねえか!」
頬から
僕がしたのは、彼の
知っている
だけど……
「けどな、俺の技を真似たにしちゃお粗末だな。こんな不気味な技じゃねえ、もっとしっかりパクれガキ」
それは自身の
人生をかけて魂に刻む光が
上辺だけの性質を取り込んだ悪質な物真似に、ギヤマの剣を握る力が強くなっていく。
「外部からの認識
「……暗殺だと? 聞き捨てならねえな、ガキ」
姿を隠し、
使いようによっては、幾らでも相手の隙を作り出せる優秀な
「殺しの技だ否定はしねえ。だがテメェの勝手で人の
「知るか。お前の価値は塵以下なんだよ」
怒りで頭に血が上り、斬撃の手が止まった瞬間を逃さず、僕は下した評価通りに
話をしていても戦いの最中なのは変わりなく、自分への認識をすり替えられるなら、待ち構えているようにだってしてみせる。
剣を構えギヤマの出方を見ていると見せかけ、僕は蒼い霧を纏って一気に間合いを詰める。
気取られたのか一合目の斬撃は防がれたけど、透かさず
「人を騙し音もなく斬り殺せる技は、暗殺に最適で今まさにお前で実証されてる。正しく使っているのに何を怒ってんだ」
距離を置こうとするギヤマを遠隔斬撃で足止めし、構える長剣をずらし、空いた適当な部位に
攻撃の拡張で着実に痛みを与え、認識
僕の動作全てに整合性をなくし、音は不規則に点滅させ、臭いも血と灰を混ぜ合わせる。
そうする度に濃くなってく蒼い霧は、今頃彼に何を見せているのだろう。
「ネフィーを、村のみんなを値踏みして。身勝手に殺したお前らが、そんな価値がある訳ないだろ」
程なくして限界を迎えたギヤマは大きくのけ反り、長剣を地面へ突き刺し膝をつく体をどうにか支える。
全身に
その視線の意味を、今の僕には理解できなかった。
握った
訓練の際に自慢げに見せてくれたあの技を。
最後のサイゴまで魅せてくれた先輩の技を、僕からの手向けとして再現する。
「ハァッ! 経験不足だな、ガキぃ! 止めを焦ってボロ出したなあ!」
彼には何が見えているのか。
ゆっくりと近付き刺突を繰り出した僕に対し、ギヤマは羽虫の如き斬撃を振るってきた。
速度の無い大きな薙ぎ払い。
「――
「……なぁ!? その
一撃で仕留める為、ジョージ先輩のグラン・トライデントを模倣した
ギヤマの無力な攻撃は届くことはなく。
呆気なくギヤマの心臓を穿った槍を、僕は勢いに乗せて宙へ放った。
虚しく空を舞う野盗の身体。
再現した先輩の技は、大地の恵みを感じさせる黄土色を持たず、無機質な刀剣の鋼色。
血の通わない模倣の
複製した槍の刀身は落下と同時に姿を消し、僕は反撃を警戒して彼の右腕を踏みつけながら槍を引き抜く。
「……ゴボッ。ク、ソがァ」
「死ねよ。さっさと……さっさと死んでください。クソ野郎!」
長剣を握り直す力はなく、ギヤマは血を吐き
槍を引き抜いた時点で、その瞳の先には何も映っていなかった。
死の間際で、僕の声すら聞こえていないのは分かっていた。
それでも僕は震える声で叫ばずにはいられなかった。
これで復讐は完遂した。
ネフィーさんやジョージ先輩の喜ぶ顔は浮かばないけれど、
これで良いんだ。
これも正しさの一つなんだと考える心は、突如として熱を取り戻す。
跳ね上がる心臓は激痛を訴え、ひび割れるような頭痛に襲われ僕は蹲ってしまう。
「……ごめん……なさいっ」
暴風の如く魂から噴き出す罪悪感。
憎悪と殺意の燃料としてくべていた村の惨状が肯定を示すも、止めどなく流れ出す善意の凶刃が、否定の自刃として精神を抉っていく。
「……ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさい。ネフィーさん、ジョージ先輩。……みんな、僕だけが生き残ってしまって」
涙と嗚咽が入り混じり、僕から漏れる
「貴方の技を穢してしまって。ごめんなさい」
魂に馴染んでいく
剣士としての技術の高さと、盗賊としての性質が混じり合った結果が、あの
染み渡っていく技に感銘を受けてしまうから、死闘を広げた際に無価値と断じたことを恥じざる負えない。
彼の剣は価値あるものだって、必死に首を振り、首を地面へと擦りつける。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい………………」
好きだった騎士物語で学んだつもりになっていた。
無益な殺生は徳を失い、一時の感情に身を任せて剣を取るのは、
分かっていたつもりだった。
分かっている筈だったのに、殺意の抱懐は
それが刹那の輝きであろうとも、この手で掴みとってしまった。
ならこの手で掴んだ生は、正しいのではないか?
そんな想いが、僕の心をきつく絞めつける。
「ネフィーさん。貴女を守れなくてごめんなさい」
もう逢うことが出来なくなってしまった最愛の人に、僕は謝り続ける。
ただ守りたかっただけなんです。
貴女の仇を取れて良かっただなんて、この身を裂かれても言いたくない。
一番大切な、一番大好きな。
たった一つの宝物を失ったこの世界で、僕の心は崩壊していく。
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