3.銀の陽炎
僕たちの前に広がるのは、悪意と称するには余りにも
武具を用いて抵抗を試みる者は、正道を違えた殺意によって切り捨て。
武技を持たず無力な者は、獲物と
上がる火の手は村の
僕たちと何ら変わりない、
「……あのクソ野郎どもがッ!」
「多勢に無勢ですが。どうするんですか、先輩」
「知るか。学のねぇ俺たちが出来る事なんざ、一つしかねえだろ」
「ですね。なら、行きましょう!」
殺されていく村人たちを目にして、僕と先輩の答えは寸分違わず同じものだった。
剣を引き抜き、力を込めた脚で地面を蹴る。
回り込むだとか頭領を見つけるだとか、そんなややこしいをせず、決行するは堂々とした愚かな突撃。
絞り出す知恵が無いのなら、やれる事は感情に任せるだけと直進する。
「そこまでだぜっ! ゴミクズ野郎ッ!」
疾風迅雷とばかりに身軽な先輩が先行する。
抜いた剣の柄に
外側の見張りについていた相手は、村を占領した事実を前に気を抜いていたのだろう。
吼えたジョージの一撃を防ぐどころか
「……グゥッ、ガァ。な、んだ。テメェは」
「見て分かんねえのか。敵だよ、お前らのな」
息絶える相手を槍を振るい放り投げるジョージへ、次に二人、野盗が駆け寄り剣を振るう。
息の合っていない自分本位な攻撃。
互いの隙を庇い合う挙動も無く、下手すれば振りかぶった剣同士の衝突も有り得る。
そんな連携とするには論外な攻撃の合間に、先輩に追い付いた僕が間髪入れず邪魔に入る。
「ざけんな、ボケがぁ! オメェよくも――」
「それはこっちの台詞ですよ」
「……チッ! 邪魔すんじゃねえよ、ガキクソが!」
ただ振り下ろされるだけの剣を、僕は二連続で薙ぎ払っていく。
長物を扱う先輩の隙は振るえば自然と大きくなり、そこ狙うのは自明の理。
そこを補うのが僕の役割であり、先輩も大技を使えるタイミングだと理解して、自身に刻まれた言霊を解き放つ。
「――グラン・トライデント」
殺意と共に槍へ被せられる不自然な閃光。
僕が深く屈み視界を広げると同時に、先輩は構え直した槍の刺突を繰り出す。
放たれた刺突は土色の光を帯び、光は鏡のように刀身を
これの回避を試みた野盗だが、複製された刀身の勘定が入ってる訳もなく、右肩を深く抉られ、鮮血を散らしながら弾かれた。
「ああッ……!? ナマイキに
「片田舎の衛兵ナめんじゃねえぞ。鍛える機会は、いくらでもあるんだからなあ!」
黄土色の
時には地面を抉り
「今の内だ、コウ。皆を頼むぜ!」
「分かっています、先輩も気を付けて!」
槍を振り回し牽制する先輩の合図を機に、僕は野盗の群れから離脱を図る。
走り抜けようとする僕を追う素振りをする者もいたが、先輩が
僕と先輩――ひいては、衛兵の役目は村の人々を守る事。
守るべき者の安否も分からず戦い続けるのは、役割の放棄も同然。
以心伝心で本分を全うすべく、僕は燃え盛る村を駆け抜けていく。
「ネフィーさん……皆っ……!」
向かうのは遠方からでも判別が出来た、集団の輪。
騒ぎのあった場所へ衝動的に集まっているのか、集団を見張る三人の野盗に狙いを定める。
捕縛し、一か所に村人たちを集めている野党は、頭領がいないのか一直線に向かう僕を見て、各々の反応を示していた。
子供だと見下し下卑た笑いを浮かべる者、動揺し辺りを見渡す者、嬉々として剣を抜き突撃してくる者。
三者三様だが、僕のすることに変わりはない。
「退いてくださいっ……!」
剣を保持したまま空いた手に
振るわれる凶刃を剣で受け止め、出来た隙に
これが村で教わった剣術棒術の合わせ技。
その場で殺傷の有無を切り替えられる武技は、
幸いなことに残った三人は大した実力も無く、素人同然の彼らを気絶させた僕は、集められた村人たちを確認していく。
「……酷いですね。ここにいるのは女性と子供ばかり。どうしてこんな事に」
そこにいたのは、村では少ない若年層の面々ばかり。
男性や老人の姿は見当たらなく、世話になっていた
現状を理解し、僕の中に沸々と怒りが煮え
この程度しか守れなかった自分の無力さと、野盗の身勝手さに。
けどそんな怒りを書き換えるが如く、聞き覚えのある声が耳を打ち、炎が光に変わっていく。
「コウ! 何してんの、もうアタシたちは良いから行きなさいって!」
「ネフィーさん。良かった、無事だったんですね。ですが行けと言われても、皆さんを守らないと」
捕らえられた人々の輪から飛び出して来たのは、服を薄く汚したネフィーさん。
彼女の無事に何よりの安心を感じるも、冷や水の如き考えが浮かびすぐさま僕は胸の光を振り払う。
そして引っかかったのは、彼女の第一声。
先輩を信頼し、衛兵の務めを全うすべく来たというのに、ネフィーさんの主張はその逆をいっていた。
「コウのバカ。あのままじゃ、ジョージの奴がやられるでしょうが。そうしたら、アンタ一人で残りを相手にしなきゃいけないのよ!」
「ですがそうすると、いま皆さんを守る人が――」
飛び交う平行線の主張。
村人を守る衛兵の責務と、現状の危険の打開をぶつけ合う僕たち。
不安に怯える村人たちを他所に行われるぶつかり合いは、次第に交差点を見つけ、ついに彼女の天秤に傾くことで結論に達した。
「……分かりました。ネフィーさんを主導に村から避難。僕が先輩と合流しつつ、その
「妥協点としては上等ね。さっさとその案を思いつきなさいよ、馬鹿コウ」
「無茶を言わないで下さい。でもお陰で頭が冷えました。有り難うございます、ネフィーさん」
「ホントに馬鹿ね、アンタ。それは助かってから言いなさい」
僕とネフィーさんが出した答えは、両案の中間点。
全員に命の危険性を含んだ作戦だけど、元々あった僕と先輩の死亡率は格段に減っている。
問題は野盗を相手に、村人たちが逃げ切れるかだけれども、命の瀬戸際にそこまで考えている余裕はない。
早々に行動へ移すべく、僕とネフィーさんは背中を向け合った。
これ以上の言葉は不要で、残りの不安は長年の信頼で補っていく。
「ああそうだ、ネフィーさん。お昼、美味しかったです」
「バァカ……。こんな時に言う事じゃないわよ、ったく」
返ってくるのは言葉だけで、表情は振り返らないため分からない。
けど炎が燃える中でも分かるほど真っ赤になった耳に、僕は思わず頬を緩める。
「馬鹿が付くほど真っ直ぐな騎士になれ。そう言ったのはネフィーさんじゃないですか」
「うっさい、馬鹿」
これ以上は無駄口で、こちらも集中しようと向き直ろうとした瞬間。
ネフィーはスカートを翻し、振り向きざまに舌を出して破顔した。
炎のように赤い顔に呆気に取られ、最後に一言だけでもと駆け上がる言葉を吐き出そうとした。
だけどその言葉は、
燃える家屋の炎に溶け込み、人型の
「――……ヒートヘイズ・シルバー」
武器を放り無意識に伸ばされた僕の手が、ネフィーさんの腕を取り抱き寄せる。
だけどそれも束の間。
村人たちを通り抜けた閃光は、ネフィーさんの亜麻色の髪が空へと散っていった。
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