2.不穏な足跡

 外回りを始めて数刻。

 ネフィーさんから預かった昼食をいただき、どう感想を伝えようかと考えながら、僕は見回りを再開していた。


 今のところ異変はなく、気分は軽いピクニックだ。


「おっ、ここにいたのかコウ。探したぞ」

「ジョージ先輩? どうかしたんですか。先輩の担当してるルートとは、少し外れていると思いますが」


 休憩場所としていた林道を抜け、一面畑の土の道に出たところで、道の真ん中で周囲を見渡していた同じ衛兵の男性が声をかけて来た。


 僕とは違い鎧は着ず、剣と鋼棒こうぼうだけを武器にした軽装。

 全身はガッチリと鍛えられ、無精髭を伸ばした二十代後半の彼は、衛兵の中でも仲が良い先輩だ。


 僕の姿を見て早々に、肩を組んで来た先輩に疑問を投げかけるも、返答は真面目と言えるものではなかった。


「いや見て回るのに飽きてさ。暇つぶしがてらに、お前とネフィーちゃんの仲がどれくらい進んだか聞きに来たんだよ」

「わざわざ来るという事は、本当に暇だったんですね。僕とネフィーさんの関係は……。今より進んだらどうなるんでしょうか?」

「そりゃあお前、恋人とか夫婦とか色々あるだろ。今は――」


 現在の僕とネフィーさんの関係性を言葉に表そうと、バスケットを手にする僕を頭からつま先まで見る先輩は、言葉を詰まらせて唸ってしまう。


「……家族?」

「そうですね。それ以外の言葉が僕も思い付きません」

「じゃなくてだな! お前は。ネフィーちゃんの事をどう思ってるんだ。男として、異性としてだ」

「大切な人ですよ」


 はっきりと自分の心に偽りなく答えたのに、先輩は何かが違うと渋い顔をする。


 好きで、大切で、かけがえのない人。

 言葉を惜しむつもりは無いけれど、心の奥にくすぶる熱い気持ちを彼女に伝えるのは、僕が騎士に成れた時だと決めている。


 だから嘘を言っているつもりも無いし、先輩が考えているであろう今すぐ告白するという事も考えていない。


「まあ、お前とネフィーちゃんがそれで良いなら、俺は何も言わないけどよ」

「僕はともかくネフィーさんはどうなんでしょうか。後で聞いてみます。――それはそうと先輩。少し聞きたい事が」

「あん? 何だよ」


 とぼけた顔をする先輩の恰好を見て、初めはそういう人だと脇に置いておいたが、僕はやはり衛兵として問題があるのではと考え直していた。


 鍛えられた筋肉では防ぎきれない攻撃を受けるのが、鎧の役目。

 動きやすいからと言って守りを疎かにするのは、見本となるべき先輩の振る舞いとしては頂けない。


「見回りとはいえ、やはり最低限の装備は必要だと思うのですが、ジョージ先輩」

「カタいこと言うなって、コウ。身軽な方が良い事もあるんだぞ。例えば捕り物を追う時に鎧を着てたら、どうだ?」

「場合によりますが邪魔になりますね。……成る程。なら僕と先輩が組むのは理に適っているように思います」

「だろう? それにほら、この鍛えられた筋肉を隠すなんて勿体ないって訳さ」


 足の速さがいる場面では先輩が。

 正面切った戦いでは僕が前に出て、先輩は攪乱かくらんや遊撃を行う。

 もしもの時を考えて合流した利点も、これで一応の説明は付いている。


 そうして納得の素振りを見せる僕の隣では、先輩が右腕に力を込めて上腕二頭筋を見せつけていた。

 透明質の日の輝きに照らされて、汗の弾ける見事な力こぶに、僕は惜しみなく称賛を述べていく。


「いつ見ても凄いです、先輩の筋肉は。まるで丸太です。やはり畑仕事というのは侮れないですね。手伝うだけの僕とは大違いだ」

畑仕事それが理由てのは否定してえな。いいかよく聞け。――これは筋トレの力だッ!」


 先輩の揺るぎない自信に、僕の脳内で稲光にも似た衝撃が駆け抜けた。


「畑仕事の他にも自主的なトレーニングを……。衛兵の訓練もある筈なのに。先輩は凄いです、僕には真似できない」

「あん? そう来るか、コイツ。だが筋肉を過信するなよ。こんなもん、他の種族からすれば付け焼刃以下だ」

「ええ。高位の十二種族を中心に、どの種族から見ても僕たち人間アゲートが脆弱なのは分かっています」


 受けた衝撃をそのまま賛美さんびへと変換したのだが、先輩からはいまいちな反応しか得られなかった。

 そんな筋肉自慢の先輩でも、他の種族からしたら通用しないと首を振る。

 僕も同意見だと頷いて、先輩からの忠告を胸に刻んだ。


 ――人間アゲート

 世界に何種類もいる知能生命体の内、最も数を誇る弱小種族。


 巨人トパーズのように生命力溢れる巨体でもなく、精霊エメラルドのように超常現象を意のままに操れる力も無い。

 絶対性を持つ龍族ルビーと相対したら、直視しただけで魂が砕かれるとまで言われているほど。


 それが僕たちを示す種族の名前で、総合的な力の弱さが欠点とされているけど、奇妙な発想力を讃えられる時もある。


「あーちくしょう。マシな定型魔法スキルを持てりゃあ、衛兵なんかすぐ辞められるってのに」

「そこは金剛カミ頼みとしか。定型魔法スキルを使えるだけでも、僕からすれば羨ましいです」


 種族の差は、何も身体的な機能に限られた話ではない。

 定型魔法スキル――古くは"カット"と称された、誰しもが持ちえる可能性がある超常能力。

 魂に一生という刃物で切り込みを入れ、各々の輝きを持たせる事で発現すると言われている。


 遺伝で得られる事もあれば、先天的な才能で生まれた時から使える者もいる。

 だが多くは後天的に得られる力で、定型魔法スキルを得られる切っ掛けや理由も、詳しくは判明していない。


 現に二十年生きた先輩ですら、定型魔法スキルは一つしか持っておらず。

 十五になる僕は定型魔法スキルは持ってない。


「ハッ。お互い無い物ねだりの馬鹿野郎だから、金剛かみ様もそっぽ向いてんのかね。……っと」

「先輩? どうかしましたか?」


 乾いた笑いで才能の無さを紛らわせる先輩だったが、何かに気が付いたのか、唐突に立ち止まる。

 先輩はその場へ腰を下ろし、草の茂りが少ない地面をいぶかしげに観察を始めた。


 僕からすれば何の変哲のない道だったが、先輩は注意深く土を撫で、手に取り、熟考じゅっこうを重ねていった。


「なあに。妙な足跡が至る所にあっからな。気になってしょうがねえんだよ」

「足跡ですか。それって野生動物のですか?」

「いやいや、違うぞ後輩。これは俺らと同じ人間アゲートだな……。それも複数人が通ってる」


 ひとしきり見終えて納得したのか、よっこらせと声を上げて立ち上がった先輩は、声のトーンを落として話し始める。


「コウ。お前は昨日今日で、村の連中以外を見た覚えはあるか」

「いえ、無いです。村長からも商人などの話はありませんでした。今朝、ネフィーに会いましたが特には」


 昨夜、見回りのルートを決める際には、村長から交易などの話は出ていなかった。

 ネフィーと会った時も、昼食のサンドを渡しに来てくれただけで、見慣れない人物などの話にはならなかった。


「俺も同じだ。なんか怪しくねえか? 馬車じゃなくて徒歩だぞ。こんなド田舎を、それも集団で」


 近くの村に行く際も、馬車を使わなければ大人でも無謀とされる、田舎の果て。

 他の種族であれば徒歩でも納得できるが、人間アゲートとなれば怪しさが増す。


 酔狂な旅商人が通りがかったというなら説明が付くにはつくが、それで納得するには判断材料が少なすぎる。

 ましてや少し進めば、村の家々を目視できる道で、商人たちが特別立ち寄らない理由は、どれくらいの物だろう。


 同じ考えに至ったのか、先輩と目が合った僕はお互いに頷き合い、大地を蹴る。

 身軽な先輩が先行して、村への最短ルートを懸命に走る。


 道と言えない道。

 それらの踏破は日頃から鍛えている僕たちにはお手軽で、数分と立たずに村が見えだした。


「……っ。まさかっ!」


 初めに見えたのは、木製の屋根ではなく立ち昇る黒煙。

 近付くにつれ悲鳴と燃え盛る木の音が聞こえ、その全貌ぜんぼうが次第に見え始める。


 後一走り。

 そんな距離まで迫った僕たちが見たのは、家々が燃え、幾人もの男たちが凶器を振りかざし、無力にも赤の花を咲かせる村人たちの光景だった。

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