ヤフタレク視点

4:落陽色の獣は月に照らされ思いに耽る

落陽色の獣(https://kakuyomu.jp/works/16817330656244075286 ) のヤフタレク視点の話です。


 落陽に照らされながら、きらきらと光る柔らかな髪が揺れていた。

 生涯を支えると遙か昔に誓ったあるじの、まっすぐな赤みを帯びた髪とは真逆の、羊の毛に似た彼女の髪に、汚らしい黒い魔物が手を伸ばすのが見えた瞬間、腹の底がぐらりと煮えるような感覚がしたんだ。

 大切な友の命をこの手で終わらせた後で、気持ちが昂ぶっていたのかもしれない。それでも、ちぎれて再生したばかりの体を引きずって、彼女に手を伸ばした魔物へ吼えた。

 それが、はじまりだった。


「あなたの真っ赤な髪、すごく好き」


 月明かりが、少し開いた窓から差し込んでいる。

 俺の体に刻まれた傷痕を指の腹でそっと撫でながら、陶器の鐘を鳴らしたような澄んだ声で彼女がそう囁く。


「それに、この傷痕も、わたしと違うきれいな赤銅色をした肌も」


 彼女の真っ白な傷一つ無い柔らかな肌は、触れていると心地よい。

 だが、このままではさっき営みを追えたばかりなのにもう一度、交わりたくなりそうで、俺はさっさと根を上げることにした。

 

「カヤール……もう戻ってもいいか?」


「もちろん。あなたの本当の姿も好きだもの」


 ほっとしながら、カヤールの肩に顎を乗せ、俺は元の姿へと戻る。

 狼の姿となる遥か昔には、俺も人の姿を持っていたが、未だに角を持たない自分の姿には自信を持つことが出来ない。

 狼の姿へと戻っても、彼女は変わらない慈愛に満ちた表情で俺の頭を優しく撫でてくれる。


「本当に、変わったやつだな」


 彼女の、鼻の香りがする金色の髪へ鼻先を埋めると、身体中に力が抜けそうなくらい気持ちが安らいで、眠気が襲ってくる。

 今夜はこのまま寝てしまおうと、喉を鳴らしながら提案をしようとした。


「ヤフタレク、あなたを怖いと思ったことなんて一度も無いわ」


「……最初は怖がっていたようだが?」


 急に首元を抱きしめられ、耳元で彼女が囁く。

 彼女が俺を警戒していたのは、最初に出会った時だけだった。すぐ、俺に敵意がないことを見抜き、傷付いた俺を助けようとしてくれたことを思い出す。


「あれは……びっくりしただけよ」


 そういって頬を膨らませるカヤールが愛おしくて、彼女の髪の中に入れていた鼻先を抜いて、顔を離す。それから、撫でるかわりに彼女の頬を軽く舐めた。


「そういうことにしておこう」


 そのまま額を押し付けて、上半身を起こしていた彼女を寝具に押し倒す。

 仰向けに倒れたカヤールの上へそのままのしかかり、細くて白い首筋に鼻先を押しつけた。このまま甘噛みをしたいが、力加減を間違えて、彼女を傷付けるのは嫌だ。

 そんな俺の気持ちを知らずに、体を捩ってくすぐりたがるカヤールの髪に再び鼻先を突っ込んで息を深く吸う。

 気持ちを落ち着かせて……早く寝よう。

 そう思っていたが、彼女はどうやら寝るつもりはないみたいだった。

 腕を伸ばした彼女の指が、耳の輪郭をゆっくりとなぞっていく。そのまま頬をゆっくりと撫で上げた手が、毛皮が薄くて敏感な顎の下にまで滑り落ちてくる。

 潤んだ深緑色の双眸は、じっと俺を見つめている。彼女は人のはずなのに、こうして気まぐれで蠱惑的な視線は気まぐれで強かな山猫を思わせる。

 雲で月が隠され、部屋が闇に包まれる。彼女の白い肌が浮き上がり、妖精達の囁きが煩わしくなる。

 このまま彼女を組み敷いてしまいたい。

 暴れそうになる本能を抑えようと、彼女から体を離そうとしたその時、スッと細い両腕が俺のマズルを両手で包み込んだ。

 それから、柔らかくて温かいものがそっと鼻先に触れる。


「愛してるわ、ヤフタレク。ずっとずっと」


「……俺も君を愛しているよ」


 このままだと、君を壊してしまうから。そう言うのも惜しくて、人間の姿へと変身をした。

 月が再び暗雲から顔を出して、驚いた表情を浮かべたカヤールの首筋にそっと噛みついた。歯形を残さないように、ぎりぎりの理性を保ちながら。甘い声と、俺の髪を優しく掴む手をそっと解いてから、ついばむような口付けを彼女の身体中に落としていく。


「……わざわざ変化しなくてもいいのに」


「この姿なら、君を傷付ける心配が少ない」


「少しくらい傷付いても……あなたとお揃いになれるのなら悪くはないのだけれど」


「やっぱり、君は変わったやつだな。それでも……わざわざ傷付く必要なんて無い」


 笑いながら、額と額をくっ付け合う。

 それから、深く口付けをして、俺たちは再び体を重ね合った。

 今にも折れそうな程の細い腰も、腕も、力の加減を間違えたら折れてしまいそうな首も、無警戒で無垢なきらめく視線も、怖がらずに俺の口に腕を突っ込んだ度胸も、全部全部、愛おしい。

 願わくば、俺が、彼女と共にこの命を費やせたらいいのだが。それは、きっと無理な話なのだろう。


「なあ、俺だって、君の太陽の光から紡いだような金色の髪も、雪みたいに真っ白な肌も、夏に生い茂る青々とした木々の葉に似た瞳も、俺を怖がらない変わったところも全部全部愛しているんだ」


 きっと彼女が死んでしまっても、俺はこの思い出を糧にして終わらない生を続けるのだろう。

 それでも、かまわない。今は、巡り会えた大切な人に全ての愛情を注ごう、そう決めたんだ。

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短編置き場・不死の呪いと魔法使い こむらさき @violetsnake206

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