第5話「初恋の行方」(中編)

鏡に映った藍原はパッとしない顔つきだった。

久しぶりに見る自分の顔に愕然としながらもこれから藍原はどうしたらいいのか悩んでいた。

洗面所で顔を洗ってサッパリすると顎に手を当てて考えるポーズをする。

このまま逃げたいところなのだが犬浦に「早く帰ってきてね〜」と言われこのままトイレに籠る事は出来ない。


用事が出来たからと断るか?

ファンに見つかっちゃってとか?


いや、犬浦の事だ。すぐバレるだろう。

仕方なく戻るしかない。

俺はそう考え席に戻ることにした。


テーブルにはちょっとしたデザートと飲み物が置かれていて何やら楽しくお話している。

遠くから見るとカップルが談笑しているようにしか見えない。

そこに俺が居ていいのか人の視線が気になった。

「あ、藍原!」

向かい側に座っていた犬浦が俺の顔を見つけて声をかけた。

結局、見つかっちゃった。

俺は苦笑いを浮かべながら席に戻った。

「ごめんごめん。あ、俺も飲み物とか頼もうかな」

そう言ってメニューを手に取るとぎこちない笑顔を向けた。

それから適当に飲み物を選んだ。


「それで、何の話をしていたんだ?」

「えぇーっと」

犬浦の表情が僅かに霞む。

俺は首を傾げた。

「藍原お兄ちゃんには関係ないよ」

みーちゃんが落ち着いた声音で犬浦の言葉を遮る。

「それより、藍原お兄ちゃんの話が聞きたいな。ほら、昔みたいに…ね?」

みーちゃんの瞳が昔のように輝いていた。

一方的に綺麗な女性に見つめられ俺は目を逸らす。

「まぁ、久しぶりだしそういった話をしたいよな」

「はい!」

今日は…というか俺と話すのを楽しんでいるような…俺に好意がある様な…って気のせいかな。

「えぇーっと、犬浦と活動するようになって段々と人気になっていくのが嬉しくて活動初期は楽しかったけど最近は忙しくて…ファンが応援してくれている事が唯一の癒しになったとかかな。」

「うんうん。他には?」

まるで犬浦が居ないかのように俺との会話を楽しんでいるみーちゃんが不思議で犬浦に気の毒な気がした。

「あ、犬浦は人気だから話したい事が多いんじゃないか」

さりげなく犬浦に会話を振ったのだが犬浦は一言も話さない。

「い、犬浦?」

俺は困って犬浦の表情を伺った。

そしたら深刻そうな表情をしていつもの犬浦が見せないような顔をしていた。

やっぱり俺が混ざると変な空気にさせてしまうのだろうか。

とても心配でみーちゃんの話が耳に入ってこなかった。

ーENDー


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歌い手がファンに恋をした 梨。 @Yuzunasi

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