第13話 豪雨の中

 翌日もお店があるからと、祖父に会えないまま家へと私は帰された。

 この町家で、ひとりきりになるなんて初めてのこと。


 戸締まりを何回も確認して、祖父の身をあんじつつ就寝した。

 しとしとと梅雨特有の小雨のふる翌朝、しろくんがやって来ると祖父のことを説明した。


「とりあえず、心筋梗塞とかではないんですね。それはよかった。最悪なことにならなくて――」


 ここで口を閉じ、ちらりと私を見る。


「あの、まこさん大丈夫ですか? しばらくこの家でひとりってことですよね」


「うん、大丈夫だよ。何かあれば、伯父さんが来てくれるっていってくれてるし」


 伯父夫婦は、この近くのマンションに住んでいた。ひとりでも心細くない。そう自分にいい聞かせる。


 雨の土曜日は、あいかわらず来客がすくない。昨日の閉店後にしようと思っていた、ネット注文の配送準備にとりかかる。


 途中、祖父の検査結果がでたと伯母が病院から直接お店へやってきた。コレステロールは低め、血管もつまってない。やはりストレスと疲労が原因だろうと。


 しかし、年齢が年齢なので、経過観察のため一週間は入院になった。

 伯母さんに手渡された入院準備の荷物を、キャリーケースに手早くまとめる。


 明日には、お見舞いにいくからと祖父に伝言をたのみつつ、荷物をわたした。


 午後から、雨足は強くなり町家の瓦にあたる雨音が、しろくんとふたりの店内に響く。


 しろくんが、スマホを取り出し天気予報をチェックすると、夜にかけ豪雨になりそうな予報だった。


「しろくん、今日歩いて来たんでしょ。もうお客さん少ないから、今のうちに帰った方がいいよ」


 バイト――ではないけど――の安全確保も店主の仕事。大雨の中帰すわけにはいかない。

 店主の気づかいよりも、しろくんにとったら私の方が心配みたいだ。


「まこさん、この付近は浸水とかはしないでしょうけど、停電することはあります。懐中電灯とか用意はありますか」


 浸水やら停電なんて単語を聞くと、とたんに心細くなってきた。タイミングのいいことに、ゴロゴロと遠くで雷の音までしてくる。

 どうしよう、あれは近づいてくるのだろうか……。


「えっと、お店しめようか。もうお客さん、来ないだろうし」


 雨なので木の看板だけ出してあり、中へ入れようと格子戸をあけた瞬間、雷鳴がとどろいた。


「キャーー!!」


 悲鳴をあげ耳をふさぐ。私は雷が大嫌いなのだ。そんなおびえる私の肩に手をかけ、しろくんはため息とともにいったのだ。


「雨がおさまるまで、ここにいます」


 店主の威厳なんていってられない私は、その言葉にあまえることにした。

 早めの夕食を食べたあとも、雨が弱まることはなかった。


 午後九時をまわった。タクシーを呼んでしろくんには帰ってもらうべきなんだけれど、私はなかなか言い出せずにいた。

 この古い町家は、たまに雨漏りする。その水滴が落ちる音を一晩中きいていないといけないのだ。今晩のように激しい雨だとそのうち雨漏りするのは、必至。


 どうしよう、この豪雨の中ひとりはかなりこわい。でも、いくら前世は猫と飼い主だからって今は、年ごろの男女なわけで。一晩ふたりだけ……。


 いや、別にいかがわしい意味なんかふくんでないけど。世間体が悪いだけで。……というか、世間って誰? しろくんがお泊りしたなんて、誰にばれるというのか。いったい私は誰にいいわけしているのか。


 悶々と迷う私に、声がかかる。


「あの、まこさんさえよければ、今日ここに泊まります。リビングのソファに寝るんで。まこさんは二階に寝ればなんの問題もないわけで」


 どこか引き気味のしろくんの声を聞いて、心臓がはねた。判断するのは、私なのか……。泊ってほしいといえば泊まるし、帰ってといえば帰る。

 単純な二者択一だけど、その判断をくだすのはものすごく難題のような気がする。


 このさい、私に対するしろくんの好意は横においておこう。横に置くというよりも忘れよう。あくまでも、従業員とバイトでいこう。


 そうすれば、従業員の安全確保で豪雨という危険な状況で帰宅させられないという名目ができる。んっ? 名目?

 名目なんてそもそもいるんだろうか?


 あっ、だめだ。思考のループからぬけだせない。とにかく。私は今晩ひとりにはなりたくない。これだけは自信をもっていえる。大人女子としては恥ずかしいけれど。こわいものは、こわい。


「あの、ソファじゃなくて。仏壇がおいてある奥の間にお布団しくから。今日は泊まってくれる?」


 上目づかいで、おずおずときりだす。


「はい、僕もまこさんのこと心配なので。そばにいさせてください」


 えっと、このしろくんのセリフは前世の糸子さんに対する恩返しの気持ちであって、けして私に向かられたものではない。ないったらない。


 一晩ひとりですごさなくていいという安心と、若い男性とひとつ屋根の下という不安。

 ふたつの相反する気持ちにゆれ動き、動揺しまくりの心中が微塵もにじまない明るい声をお腹の底から出した。


「お風呂の用意するね。おじいちゃんの新しい下着と浴衣があるからつかって」


 しろくんがお風呂に入っている間に、奥の間にお布団をしいた。あの猫のしろが巻いていた組みひもは仏壇の引き出しにもどしている。

 普段あまり手を合わせない不届き物の私だけど、今日はお布団をしいて仏壇へ手を合わせた。


 どうか、今夜一晩何事もありませんように。






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