第12話 結婚報告
純にいちゃんはあっけにとられた様子で、あいるさんがさっていった格子戸をみつめ、私に視線をうつした。
「なんなんや、わけがわからんけど」
私はなんと説明すればいいかわからなかったので、くすりと笑ってごまかす。
「昔々の知り合いみたい。それより、コーヒーカップ気に入った?」
純にいちゃんは、ばつが悪そうな顔をして頭をポリポリかいている。
「バレてたか……。ごめんだまってて、ほら、じいさんが佳乃のこと気にいってたやろ。いい出しにくくて。でも、もうゆうてもええかな。まこも知ってるし」
祖父がショックを受けるのも、もうすぐかもしれない。純にいちゃんは祖父をよび、内玄関から入っていった。
今日はしろくんもいないので、私が夕飯の用意を朝しておいた。祖父はリビングでくつろいでいるだろう。
気が付けば、閉店時間になっていた。外に出している乳母車と鳥かごを中へなおし、閉店準備をしていると内玄関の中が騒がしい。
まさか、祖父と純にいちゃんが言い争い?
私はあわてて、リビングにかけこむとソファに祖父が座りこんでいた。顔は真っ青。
「どうしたの。具合わるくなった?」
あせっていう私の言葉に、すまなさそうに純にいちゃんが返事をする。
「今、佳乃と結婚するってゆうたら、じいさん力ぬけたみたいで」
純にいちゃんの口からもれる結婚の言葉。胸をえぐる衝撃だったけれど、その痛みにうずくまっている場合じゃない。
私より先に、へたりこんでいる人がいるんだから。
「おじいちゃん、しっかりして。そんなに佳乃さんのことが好きだったの?」
盛大にショックを受けている祖父が、私よりかわいそうになってきた。しかし、なんて大人げない態度だ。孫の結婚を笑ってゆるすぐらいの度量はないのか。
私なんて失恋しても心で泣いて、気丈にふるまってるのに。
「いや、何がショックて、そんなんなんで孫と女の趣味がかぶらなあかんねん。純弥そういやおまえ、松さんのこと大好きやったもんな、あれや、ババコンっちゅうやつや。二十七にもなってなさけない」
祖父を心配していた純にいちゃんの額に、瞬間青筋が走る。
「はっ? 関係ないやろ。佳乃とばーちゃんどこが似てんねん」
力なく、祖父は皮肉な笑いを鼻からもらす。
「ふっ、わしがこんなけ佳乃ちゃんにお熱やったんは、松さんの若い頃に似てるからやろ。おまえは、無意識に松さん似の娘を好きになったんや」
「何をしょうもないことを」
純にいちゃんはそういうと、勝ち誇ったようにふんと大きく鼻から息をもらす。
ふたりとも、大人げないな。おじいちゃんの負け犬の遠吠えぐらい、勝者は聞き流してあげればいいのに。あおってどうするの。
「ほな、証拠出したろ。松さんの若い頃の写真みしたる」
祖父が立ちあがると一瞬顔をしかめ、胸をおさえそのまま倒れ込んだ。
「おじいちゃん、大丈夫!」
「おい、じいさん。しっかりしろ!」
祖父は返事もせずうずくまり、うめいている。
どうしよう。心筋梗塞とか。命にかかわる病気だったら。
ダラダラと冷や汗を流す祖父の背中をさすりながら、私の頭は真っ白になっていく。
そんな呆然とする私の横で、純にいちゃんがスマホを出し救急車をよんでいた。
しばらくたって、遠くから救急車のサイレンが聞こえてきても、まだ私は目の前でおこっている事態がうまくのみこめないのだった。
救急車には、純にいちゃんがつきそい私は家に残って、みんなに連絡をした。
母の兄である伯父さん、あやちゃん。そして、東京の母へ。
母に祖父のことをいうと、おちついた口調で私に頼むと静かにいって電話を切った。
京都に来ないつもりなのだろうか。母と祖父の仲は、それほどけん悪ではなかったはずだけれど。
しばらくして、会社にいた伯父さんと伯母さんが迎えに来てくれ、搬送先の病院へ向かった。
救急外来の待合室では、何度時計を見ても時間は進んでいかない。
じれた空気の中、純にいちゃんは自分が悪かったと、ひたすら自己嫌悪にさいなまれていた。
「おじいちゃん、失恋したくらいでこんなことにならないよ」
そう、私だって失恋してこの世の終わりみたいな気持ちになったけど、いまこうしてここにいる。
運ばれて三時間ほどたったころ、ようやく診察室によばれた。
若い医師はひょうひょうと祖父の病状を説明してくれた。
それによれば、心臓の血管がつまったり破れたりはしていないが、年齢的に心臓の血管がそほくなっている。
今回何かしらの負荷がかかり、血管が痙攣をおこしたのだろうという見立てだった。
しばらく入院して、よりくわしい検査をするとのことだった。
何かしらの負荷……それって、失恋のショック?
ちらりと純にいちゃんを見ると、憔悴しきっていた。
待合室にもどると、伯父さんがわたしたちに聞く。
「倒れる前に、なんかあったんか」
純にいちゃんは、がばっと頭をさげてあやまった。
「俺が悪いんや。佳乃との結婚報告したから、じいさんショックうけて――」
伯母さんが、一気に色めき立つ。
「あんた、やっと佳乃ちゃんと結婚するん? 伏見のマンションにうつって、いよいよかなーとは思てたけど。まあ、よかったよかった。こんな時にあれやけど、おじいちゃんは大丈夫や。ちょっとやそっとで死なへん」
伯母さんの豪快なセリフに、沈んだ一同は救われる。伯父さんも、腕組みしながら納得している。
「親父は悪運だけはあるし。バブル崩壊で会社かたむきかけた時も、運だけでのりきってた。今回も大丈夫や」
「そやそや。それより、純弥。こんなとこであれやけど、おめでとう」
伯母さんのひとことで、伯父さんもお祝いの言葉をかけた。
私も、しょげている純にいちゃんの顔をまっすぐ見て口をひらく。
「純にいちゃん、おめでとう」
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