第11話 狐の嫁入り
私、しろくんの何をみてたんだろう。ずっとそばにいたのに。
私だって、純にいちゃんに気づいてほしかった。私の気持ち。すぐそこにあるのに、気づいてもらえなかった。
ひどいなーって、思わなかったといえば嘘になる。
でも、私もしろくんに同じことをしてたんだね。
横でふたたびブランコをこいでいるしろくんから、目線をそらせた。
「私の初恋、けっきょく純にいちゃんに好きだって言えないまま終わっちゃった。でも、しろくんにあたり散らしたから、ちょっとすっきりしたかも」
私は、地面をけりブランコを思い切りこぎだした。前後におおきくふられ、そのたび空中に浮かんでいるような浮遊感におしりがむずむずした。
「いくらでも、あたっていいですよ。僕、猫なんで」
しろくんのいいぐさがおもしろくて、プッと吹き出す。
「やだなーしろくんのこと、猫なんて思ってないよ。ちがうネコと勘違いしてたけど――」
とたん、ブランコの鎖からつかんでいた手をはなして、口を手でおおいそうになった。
危ない、おちるとこだった……ではなくて、私の性癖がばれる!
「はっ? ちがう猫ってなんですか。猫は動物であって、ほかに何か意味があるんですか。僕そんなの知りません。教えてください」
いやいや、そんなの教えられるわけがない。男性同士のラブな絡み合いについてなんて。死んでもいえない。
何かうまい言い訳はないだろうか。必死で考えていると私の頭にポツンとひとつ、しずくが落ちてきた。ブランコを足でとめて空をみあげると、晴れているのに雨がふりだしてきた。
キラキラと太陽の光にてらされながら落下してくる雨粒。
「見て! 狐の嫁入り。きれいだね」
私は、子供のように口をあけて天をあおぐ。その顔に雨粒があたり、気持ちいい。何もかも洗い流してくれるようだった。横でしつこく教えてくれというしろくんを無視して、しばらく雨にうたれていた。
きっと、純にいちゃんは近く結婚するかもしれない。でも、大丈夫その時は笑っておめでとうといおう。そういえたら、私の恋心も雨に流され心の奥にとけていくのかもしれない。
しばらくして、雨が激しくなってきたのでふたりでお店に戻った。
おじいちゃんはニッと笑っただけで何もいわず、すぐに奥へひっこんでいった。
おじいちゃんも、佳乃さんと純にいちゃんのこと聞いたら、泣くかな。いや、泣かないか。人生の大先輩はそんなことしないよね。
*
それから、一週間。お店は忙しく、私はいつまでも失恋のショックを引きずってはいられなかった。二日ほど、寝不足といういいわけで目をはらして店頭に立ったけれど。
このところネットショップも認知度があがり、注文が増えた。そうすると、注文の染め糸を計り梱包して発送する仕事が増える。
しろくんがいる日はしてもらえるのだけれど、木曜日と金曜日はひとりでしなければならない。忙しいほど、忘れていられる。
そんな、あわただしい金曜日の夕方。久しぶりにあいるさんが、お店を訪ねてて来てくれた。いつもどおりの笑顔で挨拶をかわすあいるさんに、ほっと胸をなでおろす。
「アンティークの商品新しくはいったの、SNSでみて。それと、私レース編み始めようかなと思って。今までは毛糸のかぎ針は編んだことなかったんやけど。いろいろ教えてくれる? まこちゃん」
「もちろんです。とりあえず、新入荷の商品みますか」
私の言葉に、あいるさんがパンプスをぬいでアンティークの部屋にあがろうとした時、スーツ姿の純にいちゃんが入ってきた。
伏見で別れてから、はじめて会う。もう出張から帰ってることを知っていたけれど。思わず目をつむり、さわぐ心を落ちつけた。
「純にいちゃんどうしたの。おじいちゃんに用事?」
大丈夫、私の発した言葉はひっくり返りもしないし、うわずってもいない。いつも通りにふるまえた。
「ああ、出張から帰ってきて忙しくて。じいさんへの報告遅れた」
そして、あいるさんに気づきふたりは頭をさげる。
礼をいうあいるさんへ、純にいちゃんは意外なことをいった。
「あいるさんとあの店のオーナーって知り合いですか? こないだの日曜日もう一回あの店にいったんです。そしたら――」
ここまでいって、ちらりと純にいちゃんは私を見た。
「いや俺、彼女がいて、その彼女といったんです。そしたら、あのオーナーいきなり俺につかみかかってきて、わけのわからんこといい出して」
純にいちゃん、佳乃さんとあのお店いったんだ。私は不思議とショックは受けなかった。もう知っているからかもしれないけれど。
それよりも、オーナーさんどうしたんだろう。
あいるさんを見ると、声にならないのか目を見開くだけで何もいわない。
「純にいちゃん、何をいわれたの?」
私が先をせかす。
「俺は、彼女に幸せになってほしくて身を引いたのに、おまえどういうつもりだ。二股かけてたのか……。みたいなこといわれて、一応、あの時のメンバーの説明したら。急に謝り出して。その日の会計全部ただにしてくれたんや。帰る時もずっと頭さげてて」
純にいちゃんは、狐につままれたような顔をしていた。
つまりあの酒井さんは、あいるさんと純にいちゃんの仲を勘違いして、身をひいたってこと? 本当は自分も名乗り出たかったってこと?
「あのオーナーとどういう関係ですか」
もう一度純にいちゃんは、あいるさんに聞く。そうしたら、あいるさんの見開かれた二重の目から、大きなしずくがポタポタとあふれだしてきた。
「あの人、やっぱり千歳さんの会いたかった人やったんや。覚えてくれてたんや。どうしよう、まこちゃん。私いま、すっごいうれしい」
瞬きもしないあいるさんは、私を見る。私はあいるさんを応援するべくニコリとほほ笑んだ。
「今度はひとりで会いにいった方が、いいかもしれませんね」
あいるさんは、私の言葉を受け大きくうなずいた。
「今から、会いにいってくる。あの人のこともっと知りたい。この気持ちは千歳さんやなくて、私、あいるの気持ち」
そういって、格子戸をあけ飛び出していった。
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