第6話 千歳で
しろくんのとつぜんのフレームインで、私は度肝をぬかれた。あわあわしているまに、純にいちゃんが大人の対応。
「猫田くん、未成年やろ?」
「僕、もう二十歳になりました」
そういえば最初に、もうすぐ二十歳っていってたような。いつのまに誕生日がきたのだろう。
「誕生日、教えてくれたらよかったのに」
だまっていたしろくんをつれなく思い私はいったのだが、しろくんはツンと横を向く。
「自分から誕生日なんていえませんよ。プレゼントねだってるみたいで」
そうですね。たしかに、そのとおりです。しおしおと私がうなだれている横で、純にいちゃんが手を打つ。
「ほな、その千歳で誕生日会しよ。俺がおごるわ」
「結構です、自分の分は自分ではらいます」
つ、冷たい……。しろくん、私のことは気にせずデレていいのに。男前な純にいちゃんにほれなおしたけれど、素直になれないんだろうか。
私なら、うれしくて飛びあがるけれど……。あっ、そうか純にいちゃんとふたりでいきたいとか。そうだよね、私もふたりでいきたい。
……じゃなくて、しっかりしろ、私。
コホンとひとつ咳ばらいをし、私はおもむろに口をひらく。
「じゃあ、四人でいこうよ。ね、そうしよう。あいるさんにも連絡してみるから」
私がみんなの連絡先を知っているのだから、予定を聞いて伏見にいく日にちを決めるということで、このはなしはおちついた。
あいるさんに千歳いきを提案すると素直に応じ、五月の最終土曜日があいていると連絡がかえってきた。
ほかのふたりにも予定を聞き、来店日時はその日に決まった。
梅雨にはまだ早いが、どことなく夏の気配がただよう宵の口。リンカネーションが閉店してから、四人は純にいちゃんの車で伏見へとむかった。
純にいちゃんのマンションは大手筋の近く。マンションの駐車場に車をとめてお店まで歩いた。
今日のあいるさんは、気合が入っている。お化粧はばっちり。髪もいつにもまして軽やか、巻かれた毛先が背中でゆれていた。何より、ブルーの花模様のワンピースに黄色いカーディガンが、夜目にも鮮やかだった。
そんなきまっているあいるさんが、歩きながらこそって耳打ちしてきた。
「あの人、まこちゃんの例の人やろ。かっこええなあ。まこちゃんとお似合いやん」
私は照れながらも、ありがとうとかえす。いつもなら全力で否定するところだけれど、あいるさんにいわれると、すなおにうれしいと思えた。
私に話しかけるとあいるさんは口をつむり、アスファルトを見ながらもくもくと歩く。
夜の大手筋に、パンプスがたてる高音がこだまする。
私たちの前をしろくんと純にいちゃんが、微妙な距離を保ちながら歩いていた。
千歳に到着して、四人は店内へはいる。和モダンなインテリアにジャズがかかっていた。丸テーブルの席へ案内された。私の左に純にいちゃん、右にしろくん。しろくんと純にいちゃんの間にあいるさんが、座る。
みんな仕事終わりなので、おなかがへっている。さっそくメニュー表をみるとお刺身の盛り合わせがあった。
「そういえば、しろくんお魚好きだったよね、お刺身にしようか」
と私がいうと、
「僕のことはいいです」
メニューを見ようともしない。
何をむくれているのだろう。こういう態度はしろくんにはめずらしい。純にいちゃんは苦笑いしている。
「今日は、誕生日祝いもかねてんのやから、猫田くんの好きなんにしとこ」
そのいって、魚をメインにメニューをきめる。あいるさんは口数少なく依存はないと答えた。
お酒は何を頼んでいいかわからなかったが、純にいちゃんが適当にみつくろってくれた。
お酒に弱い私としろくんには、口あたりがいいスパークリングの日本酒をチョイス。
あいるさんは天空を選んだ。お土産にもらった天空が、おいしかったそうだ。うちは、おじいちゃんがほとんど飲んでしまったけれど。
純にいちゃんは、ソフトドリンクを頼もうとした。私たちは電車で帰るから飲んでというと、家が近いしまた来るという。
いやいやと、押し問答をしばらくしてようやく純にいちゃんにもお酒を頼んでもらった。
アルバイトなのか、若い男の子がオーダーを取りに来た。あいるさんがその人に話しかける。
「あの、今日のお刺身はどこのですか?」
「うちはいつも、福井から直送してもらってます。オーナーが福井の人やし」
そういうと、カウンターの中にいる男性に視線を向けた。
三十代のがっちりとした体つきで、あごひげをはやした男性だった。すこしこわもてで、寡黙な感じ。この人があいるさんの会いたかった人?
あいるさんはそれ以上何もいわない。でも、顔がこわばり緊張している様子があきらか。
そういえば、前世で知っている人ってどうやって見分けるのか。しろくんはいっぱつで私のことが、わかったみたいだけれど。私はあの組みひもの首輪がなかったら、しろくんのこと確証できなかったと思う。
しろくんの場合は、動物的なカンと片付けるにしてもあいるさんはどうやってたしかめるのだろう。
人見知りと緊張で無口なあいるさんと、ツンなしろくんはあまりしゃべらない。けれど気をつかった純にいちゃんが、あれこれとあいるさんに話をふってくれた。ツンなしろくんはそっとしておくことにしたようだ。
オーダーしたお酒と料理が運ばれてきて、四人の奇妙な飲み会はようやくはじまった。
しばらくたって純にいちゃんの冗談に、あいるさんも顔をほころばせる。お酒がまわってきたようで、人見知りモードから脱出して純にいちゃんの肩を叩きながらクスクス笑っていた。
さっきあいるさんは私と純にいちゃんがお似合いといってくれたけれど、ふたりの方がよほどお似合いのカップルに見える。純にいちゃんの肩をたたいている人が、あいるさん以外なら、心おだやかじゃなかっただろうけれど。
天空の入ったガラスの徳利がからになり、あのオーナーさんがカウンターを出てわざわざ声をかけてきた。
「天空、気にいりましたか。それ、俺がはじめて仕込んだ年の大吟醸です」
酔っているあいるさんの顔が、一瞬で凍りつく。あごひげのオーナーさんをゆっくりみあげ、だまってうなずいた。
純にいちゃんは、オーナーさんが仕込んだという言葉に興味をもったのか、はなしかけた。
「はじめて仕込んだて、杜氏の方ですか」
「いや、杜氏ではないですけど、代々杜氏の家系でして――」
その言葉が引き金のように、あいるさんはとつぜん勢いよく立ちあがった。
「あの、どうして藤光酒造にこられたんですか」
オーナーさんはとまどいをみせたが、こわもての顔をくしゃりとゆがめた。
「いや、変な話ですけど。くりかえし見る夢にみちびかれたんですわ」
あいるさんの肩が、びくりとふるえた。
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