第5話 純にいちゃんをさそう
シャッターの閉まった店舗をみあげ、あいるさんはぽつりとこぼす。
「千歳て、夢の中の人の名前やねん」
「えっ、じゃあやっぱりその酒井さんって人が会いたかった人の生まれ変わり?」
「そうかもしれん――」
「あの、また日をあらためて、お店にいきますか」
私の問いに、あいるさんは答えなかった。
帰り道、京阪電車の緑のシートに並んで座り、床に落ちる夕方の車窓の光をぼんやり見ていた。
「あのね、あいるさん。私も実はこの間へんな夢見たんです。そしたらどうも戦時中の夢で、私小さい女の子でした。どうもその子、祖父の姉みたいで」
ぼうっとしていたあいるさんは、ふっと私の顔を見る。
「へえ、そうなん。私だけやないんや。前世の記憶がある人って」
「不思議ですよね」
あいるさんは、床におちる切り取られた夕方の光をみながら、語りだす。
「少女マンガなんかでよくあるやろ。生まれ変わっても、またいっしょにいようねってやつ。すごくロマンチックなセリフで大好きやってんけど。今はなんか、こわい」
「こわいって、どういう――」
最後まで言えなかった。あいるさんが、私の顔を食い入るように見たから。
「だってそんなん、せえので生まれ変わるなんて、そうとう強い思いをふたりとも持ってたってことやろ? でも、それって前世の人の気持ちであって今の私に関係あるのかな? 私も、その酒井さんのこと好きにならなあかんのかな?」
一気にまくしたて、すこし気が晴れたのか。あいるさんは肩をあげ大きく息をすう。そして、はーっと乗客の少ない車内にはきだした。
「わけわからんこといって、ごめんな。なんか混乱してるわ、私。今日はいろんなことがありすぎて――」
前世の自分の生家を訪れたり、冬に訪れる人の正体がわかったり。約一キロを走ったり。たしかにもりだくさんだった。
おまけに、冬に訪れる人もこの世に生まれ変わっているかもしれない。混乱してあたりまえだ。
あいるさんは目の高さに左手をあげ、そこに巻かれたミサンガをみつめる。
「あんなに会いたかったんやけど。いざ、会えるかもと思ったら――」
ふたたび訪れた沈黙の中、私はあいるさんの言葉を反芻する。
『前世の人の気持ちであって今の私に関係あるのか』
しろくんの髪をなでなつかしいと思ったのは、私ではなく糸子さんだと思う。じゃあ、糸子さんの気持ちは私の気持ちじゃないのだろうか?
しろくんはいっていた。『魂は六道を輪廻転生する』
魂はひとつなわけで。ひとつの魂の感情は誰のものなんだろう。
電車の揺れに身をまかせ答えをだそうとしたけれど、なじみのない哲学的な思考に頭がおいつかなかった。
別れ際、あいるさんにもう一度お店のことを聞くと、
「行きたいけど、女の子ふたりで日本酒バルは、入りにくいかなあ」
その言葉は本心なのか、そうじゃないのか。私にわかるわけがない。
翌日の火曜日、リンカネーションの閉店間際に、純にいちゃんがあやちゃんのイヤリングを買いに来た。タッセルイヤリングがおかれたショーケースの中を、難しい顔をしてにらんでいる。
「あかん、どれがいいか。さっぱりわからん」
はやくも音をあげた。しょうがないので、助け船をだそうと思ったが、染め糸の部屋でパソコン作業をしているしろくんをちらりと見る。
私が助言してもいいのかな。ひょっとして、しろくんが純にいちゃんにかまいたいとか……。
まったくこちらを見るどころか、背中に話しかけるなと書かれたように冷たいオーラがただよっていた。相変わらずのツンだ。
「えっと、あやちゃんはガーリーなお洋服が多かったから、かわいらしいのが好きだと思うよ」
純にいちゃんはこまったというように、たれた目をますますさげる。
「かわいいっていう基準がそもそもわからん。ここにあるの、全部かわいいんとちがうのか」
そっからなのか……。私は立ちあがり、純にいちゃんの横にならびいっしょにショーケースをのぞき込む。
「たとえば、桜染めのピンクの糸にお花の形のビーズとか、とくにかわいいと思うけど」
純にいちゃんは、ふーんと一言いってそのイヤリングをもちあげ、私の耳にあてた。
「なるほど、こういうのがかわいいんか。たしかにまこに、よお似おてる」
こ、この不意打ちは、たまらない……。無自覚にくり出されるイケメン発言。きっと私の顔はイヤリングとおそろいの桜色になっていることだろう。
「わ、私じゃなくて、あやちゃんに似合わないと」
なんとかイケメン発言をながす。今度は
「こっちは、大人かわいいって感じやな。あたってるか?」
「う、うん。あってるよ」
もう私は純にいちゃんの顔をまともに見れず、うつむいて答えた。
「ほな、このふたつ買うわ。ラッピングは別々にしてくれるか。あや姉どっちか気にいるやろ」
なるほど、ひとつが気に入らなくても、スペアでもうひとつということか。
ふたつのイヤリングを小箱にいれて、桜染めにはピンクのリボン。蘇芳染めには赤いリボンをかけた。
紙袋にいれてわたす時ふと思いついて、純にいちゃんに聞いてみる。
「あのね、伏見の大手筋にある千歳っていうお店しってる?」
紙袋を受けとりながら、不思議そうな顔をする。
「ああ、知ってる。一回いってみたい店や。日本酒の種類がそろってるらしいわ。まこも、いきたいんか?」
伏見に住んでいる純にいちゃんなら知っているかと思ったら、ビンゴだった。
「うん、今度いっしょにいってくれない?」
出過ぎた真似かもしれない。でも、あいるさんは誰かに背中を押してもらいたいのかもしれない。私の憶測だけど。
純にいちゃんは、私の申し出に驚いたのか、形のいい眉毛をあげた。
「ええけど、ふたりでか?」
「ううん。私のお友達もいっしょに。そこにいってみたかったんだけど、女の子ふたりだとちょっと入りにくいなって思ってて」
「そういうことなら、三人でいこか」
純にいちゃんがいい終わるか終わらないかのタイミングで、染め糸の部屋から声が飛んで来た。
「僕も、いきます!」
椅子から立ちあがったしろくんが、こちらをにらんでいた。
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