第7話 いつつとよっつ

 それまでしゃべりもしなかったしろくんが、突然はなしにわってはいる。


「くりかえし見る印象的な夢は、前世だといわれていますよ。僕もそういう夢みます」


 オーナーの酒井さんはとつぜんのことで面食らっているが、しろくんの発言を肯定も否定もしなかった。

 話の流れが急にかわり純にいちゃんが、とまどいの声をもらす。


「なんやなんや、いきなり前世とか。でもほんまに前世とかあったら、夢があるなあ」


「僕は、前世を信じます。確実にこの世には生まれ変わっている人がいると思います」


 しろくんの断定する言葉に勇気をえたのか。あいるさんは酒井さんの真正面にたち、呆然とする顔をみすえた。


「あの、藤光酒造の近くにお地蔵さんがあって、そこにおはじきおいてあるの知ってますか? いつつ並んでる時とよっつの時と。あれおいたの、私です」


 酒井さんの顔色がさっとかわり、奥二重の目が大きくみひらかれた。

 なぜここでおはじき? と思ったが、酒井さんの動揺をみるに、ふたりにだけにわかることなのだろう。


 やはり、この人が千歳さんの会いたかった人。その人の生まれ変わり。あいるさんは、時をへてめぐり合えたのだ。私もしろくんとめぐり会ったんだけど、恋人同士のインパクトにはかなわない。


 私は感動して泣きそうになったのだが。


「おはじきなんて、知りません」


 酒井さんはすぐさまきびすを返し、カウンターへはいっていった。それから二度と、私たちに話しかけて来ることはなかった。


    *


 帰りの電車の中。私を真ん中にして左にしろくん、右にあいるさんがすわっている。窓の外は真っ暗で、家々の灯りが流星のように流れていく。

 けっきょく、千歳のお代は純にいちゃんがはらってくれた。三人は礼をいって京阪電車にのりこんだのだが、一言もはなさない。

 重い沈黙をやぶったのは、しろくんだった。


「あの人、たぶん生まれ変わりだと思いますよ」


 その言葉に、私は疑問をはさむ。


「なんで、そんなことわかるの?」


「まあ、野生のカンというか。独特のにおいというか」


「えっ、しろくん野生の猫じゃなくて、飼い猫だったじゃない」


「今の飼い猫といっしょにしないでください。あの当時の猫は、狩りもしてたんですよ。ねずみとったり」


「じゃあ、猫の感覚まだ残ってる? 今度、猫じゃらしで遊ぼうよ」


「まこさん、あほですか」


 お酒を飲んで妙なテンションの私に、ちっともかわらないしろくんの冷たい視線がつきささる。

 そして、あいるさんの驚嘆の声が耳をつく。


「ま、まって。えっ? 猫田くんも生まれ変わりなの? で、猫? どういうこと」


 ついつい、あいるさんをおいてきぼりにしてしまった。私としろくんのことをいちから説明したのだった。


「すごい、猫と飼い主だったなんて」


 絶句するあいるさんに、ぼそりとしろくんはいう。


「みんな誰かの生まれ変わりなのかもしれませんね。前世の強い思いがある人だけ、忘れないのであって」


「その強い思いに、ひっぱられてたのかな私。千歳さん、恋人と会いたい時はお地蔵さんの前にいつつおはじきおいててん。そして、相手の人が会えるならひとつとって、よっつにする。いつつとよっつで、いつのもって意味やって。私にはそんなロマンチックな発想でてこおへんわ」


 あいるさんの自嘲気味な声が胸にせまる。


「きっと、あのオーナーさん名乗り出れない事情があったんですよ。たとえば――」


 私は続く言葉をのみこみ、あいるさんの表情をうかがう。あのオーナーさんは、すでに恋人なり奥さんがいたとしたら……。

 あいるさんは、何もいわず薄く笑った。


 そのまま緑の京阪電車は、三人の沈黙を目的地まで運んでいった。


 週明けには、待ちに待ったイギリスからのアンティークの荷物が到着した。五十日かけ船でやってきた大きな段ボール箱三つには、現地のバイヤーがかいつけた品物が入っていた。あのプチポワンクロックを取り出した時、思わずしろくんと顔を見合わせ笑ってしまった。


 段ボールをすべてあけ、商品に欠品がないか壊れてないか確認した。それから、みがいたりメンテナンスがいるものとすぐに店頭に出せるものとに仕分けた。

 今週いっぱい、これらの品物にかかって忙しい。


 そんな荷物にまみれたリンカネーションに、夕方純にいちゃんがやってきた。この間の礼をしろくんというと、祖父はいるかと聞かれた。


「明日から一週間ほど、長野の生産者さんのとこに出張や。じいさんと懇意の人やから、なんか伝言あるか聞きにきたんや」


「おじいちゃんなら、家にいるよ。今、ご飯つくってると思う」


 純にいちゃんは、お店をみまわしあきれたため息をもらした。


「すごい荷物やな。なんやこれ」


「イギリスから、到着した商品。珍しいのもはいったるんだよ」


「へえ、またかわいいのもあるんか。そしたらまた、商品充実するな」


 純にいちゃんはうちの商品はすべてかわいいで、表現できると思ってるのだろう。


「うん、すぐならべられるものは値段つけて明日からならべていく。週末の土曜日にはかなり出せると思うよ」


 そうか、まあきばり。そういって、内玄関の中へはいっていった。







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