第13話 ミサンガを編む

 今日の夕方、純にいちゃんがあやちゃんの家へいくと、そう言付かったという。


「あおのおもちゃで、いっしょに遊んでたら、思い出したらしいわ。編み方も色も」


「おもちゃ?」


 意外すぎて聞き返していた。


「ひもに大きいビーズ通すおもちゃや。3本のひもさわってたら、自然と指が動いたて」


 そんなことで思いだすのか。昔覚えたことって、手が覚えているんだな。でも、もうあいるさんは、ミサンガはいらないといっているし。でもせっかくなので、教えてもらおう。私に会いたい人は、いないけれど。

 純にいちゃんに、あやちゃんにはこちらから連絡するというと、


「ほな、そうし。そや、あのイヤリングどうなった? プレゼントにせがまれたの」


 イヤリングの催促をされた。そうだ、笑い転げてる場合じゃない。早くデザインを仕上げないと。


「えっと、もうすぐデザインできそうだから、もうちょっとまって。西村さんはすぐにでもつくってくれるっていってたから」


「そっか。まあ、もうちょっと待っとこか。でも、ふたりともえらい仲よおなったんやな。ふたりして笑いころげるなんて」


 純にいちゃんはほほえましいという感じに、ニコニコと私達をみている。

 あの馬鹿笑いを、しっかり聞かれていたんだ……いい大人がはずかしい。しろくんは、はずかしがるどころかなぜか胸をそらす。


「はい、僕たちずっと一緒にいますから、仲がいいんです」


 そんな、仲がいいを強調しなくても……。おまけに、笑いが消えた顔は怒っている。なんで?


「純弥さんは、こんな時間まで残業ですか」


 とげとげしい声を聞き、ちらりと柱時計をみると八時をとうにすぎていた。


 純にいちゃんは、しろくんの問いには答えず、ほな帰るわと片手をあげた。


「ありがとうね、純にいちゃん」


 礼をいい、しろくんへ顔をむける。


「しろくんも、ありがとう。遅くまで。明日もお店きてくれるんだから。もう終わりにしよう」


 格子戸から出ていこうとしていた純にいちゃんが、足をとめた。


「今から帰るんやったら、車で送ってこか」


 純にいちゃんは、伏見にマンションを借りて一人暮らしをしている。土田商店まで、車で通勤していた。


「けっこうです。自転車できてますから。それに、邪魔したくないんで」


 邪魔? どういう意味だろう。意味がわからないけれど、しろくんに冷たくあしらわれ、純にいちゃんは肩をすくめる。


 しろくんは、純にいちゃんにつれない。もうちょっと仲良くなってほしいのに……。

 はっ、そうだったしろくんは、純にいちゃんにツンだった。ツンがあれば、デレがある。ツンデレでワンセット。じゃあ、いつデレるんだろう。


 そっか、私の前では無理だよね。でも、純にいちゃんの前でデレるしろくんを猛烈に見てみたい。こっそりのぞきたい。きっと、ふたりはお似合いの……。


 だめだ、またいかがわしい妄想に走ってしまった。どうもこのふたりを見ていると、暴走してしまう。私、腐女子じゃないのに。


 それから忙しいゴールデンウイークが無事終わり、デザインもなんとか完成した。

 タッセルはチェコビーズやコットンパールと合わせ、タティングレースはぐるぐるのらせん形にビーズを編み込んだもの。それと、お花のモチーフを大小ふたつつなげたデザインを考えた。


 糸と色の組み合わせも指定して、西村さんには編んでもらうだけ。これだったら内職感覚で、できるだろう。


 そして、いろいろおちついた定休日の月曜。ようやくあやちゃんに、ミサンガを教えてもらうことになった。


「こんにちはあ。ひさしぶりい」


 大きな荷物を肩にさげ、葵くんをだっこしたあやちゃんが来店した。


「いらっしゃい。もう、葵くんの具合大丈夫? 大変だったのにありがとう、思い出してくれて」


「もうマジ、下痢は勘弁やわ。オムツのあいだからもれるし、洗濯と掃除が超たいへんやし。まこちゃんも、いまのうちひとりを楽しんどきや」


 お母さんって大変なんだな。子どもはかわいいかわいいだけで、育てられないってことがよくわかる。


「私そんな、結婚する相手もいないし」


 ごにょごにょとつぶやくが、できれば純にいちゃんと結婚したい。なんて口がさけてもいけない。

 葵くんに髪の毛をひっぱられながら、あやちゃんはニヤニヤしながら上目づかいで私をみる。


「純がゆうてたけど、猫田くんと仲ええんやて。ええやん、つきおうたら」


「えっ、むりむり。そんな、よっつも年下だし」


「大丈夫やって。向こうは精神年齢、高そうやし。まこちゃんはこんな感じやし。おにあいやと思うけどなあ」

 こんな感じって、どんな感じなんだろう……。


「もう、それよりミサンガの作り方。奥におじいちゃんいるから」


 葵くんのお守りは、祖父にたのんでいた。


「そうや、あお。今日は大じいじと遊ぶんやった。おやつのクッキーと、おもちゃも持ってきたし」


 そういって、内玄関の中へ入っていった。しばらくして出てきたあやちゃんは、串を頬張っていた。


「茶団子もうた。なんや、おじいちゃん機嫌ええな」


「ああ、昨日、事務員の佳乃よしのさんと平等院にいったんだって。それ、お土産の茶団子」


 宇治在住の佳乃さんは、土田商店唯一の未婚の女性社員。祖父のあからさまなえこひいきにも、社内はあたたかく見守っているそうだ。

 佳乃さんには、祖父につき合わせて悪いけど。


「ふーん、泣きそうやなあ」


 あやちゃんがぼそりとこぼした言葉に首をひねる。泣く? 誰が?

 不思議に思いつつも、染め糸の部屋へ移動した。


 あやちゃんにいわれ、テーブルの上に、濃いピンクと紫のコットンのレース糸、マスキングテープとはさみをおいた。それと、お手製のフロランタン。


「糸は、あかね紫根しこん染めの糸。お姉さんらが、額田王の和歌みたいやってゆうてたん思い出してん」


 ドヤ顔でいうあやちゃんに、思わずつっこむ。


「額田王の和歌? なにそれ」









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