第12話 あなたがほしい
……冗談。よかった。本当だったらどうしよう。本当に私は誠の生まれかわりだったら……。
ジクジクとした思いにしずみかけたのに。悪い冗談だ。
「ネットショップ好調です。四月の売り上げもよかったし。五月も先月を超えそうですね」
しろくんは、とつぜん仕事のはなしをはじめる。私はそれに、のることにした。
「染め糸も、新規で買ってくださるお客さん増えたし。若い子でも、手芸する人って意外に多いってわかったね」
「そうですね、レース糸って意外に使い勝手あるみたいです。組みひもとかミサンガにもつかえるし。インテリアとして飾るって方もいらっしゃる。うちとしても、染め糸が売れる方が利益ありますし」
「あの、四月はバイト代払えなかったけど、五月は払うね。しろくんのおかげですごく売り上げあがったし、払えそう。あんまりたくさんじゃ――」
「いりません」
私の言葉尻をとらえ、きっぱりと拒否された。
「いやでも、ずっとただ働きなんて。悪いし――」
「気にしないでください。僕の気がすむまで、恩返ししたいので」
ちっともふり向かない背中へはなし続ける。
「でも、その恩返しの内容もわからないから。せめて誰に対するものなのかだけでも――」
いまさらこの話を蒸し返しても、どうしようもないのに。口から出てくる言葉はとめられない。
「いったところで、まこさんには理解できませんよ」
冷ややかな言葉に、カチンとくる。
「そんな決めつけなくても、私だってちゃんと説明してくれたら」
白いシャツをきた背中はようやく、くるりとふりかえる。
「まこさんだって、なんとなくわかってるんでしょ」
――やっぱり、私なの?
こぼれ落ちそうな、言葉を必死にのどの奥にとどめる。ちがう、今の私にはしろくんに会った記憶なんて、ない。じゃあ、過去の私なら?
何もいえない私から、しろくんは逃げるように視線をはずした。
「とにかく、僕はここで働きつづけます。お金よりほしいものがあるので」
「お金よりほしいものって、何?」
そんなものがあるなら、いますぐにでもわたしてあげたかった。わたしたら、すこしは私の気持ちがおさまるのに。教えてほしい。しろくんのほしいもの。
「内緒です」
カッと一気に頭へ血がのぼり、私は椅子から立ちあがり叫んでいた。
「もう、さっきから何よ! 冗談とか、内緒とか。私のこと完全に馬鹿にしてるでしょ! どうせ、頼りない店主ですよ。しろくんがいないと何にもできないよ。でも、私なりにがんばってるのに。からかわなくても、いいじゃない」
奥歯にものがはさまったみたいな、気持ち悪い会話。私の常識の範囲を超えていきそうな、答え。わからないことばかりで、イライラする。どれかひとつでも、わかりやすい正解がほしい。
その不安をしろくんにぶつけただけ。
しろくんになげつけてしまった言葉はどんなに後悔したって、ひろい集めてなかったことにはできない。
おとなげない。年下の子にあたりちらすなんて。絵にかいたようなダメ店主だ。
うなだれ、たれた横髪が視界をせばめる。その狭い視界に、しろくんの靴下をはいた足が侵入してきた。音もなくいつのまにこっちの部屋へやってきたのか。
あわてて顔をあげようとしたら、ぐっと手首をつかまれた。驚くほど強い力で。華奢な体に似つかわしくない力。私はそのギャップにおびえ、顔をあげられないでいると、髪におおわれた耳へしろくんの低い声が流れ込んでくる。
「あなたがほしいっていったら、どうするんですか」
私の中の時間が一瞬で、流れをとめた。
――あなたがほしい。
この意味を理解できないほど、私は子どもじゃない。子どもじゃないけれど。弟みたいに思っているしろくんにいわれたら、理解がおいつかない。
ほしいものを教えてといったのは、私だけれど。こんな答えがかえってくるなんて。
どうすればいいの……。その思いに答えられない。
ぷっ!
息を一気にふき出す破裂音が、張り詰めた空気を瞬時にこわす。何がおこったのかと、顔をあげる。するとしろくんは私の腕をつかんだまま、顔をそむけていた。真っ赤な顔を腕でかくして小刻みに震えていたのだ。
「どうしたの、お腹でもこわした?」
心配する私の声にかぶさって、笑い声が爆発した。ようやく私の腕を離したしろくんはうずくまり、お腹を抱えて笑いころげたのだった。
「ま、まこさんをもらっても、い、一円にもなりませんね」
そういって笑いつづける。
えっ、そっち……。しろくんが、お子さまでよかった。アダルトなことだと勘違いしていた自分が、恥ずかしい。
はぐらかされてけっきょくほしいものはわからないけれど、もう怒る気力もうせ、心底ほっとしている自分がいる。
「人身売買は、犯罪だよ」
けんとうはずれな私の言葉に、しろくんの笑いはますます加速していった。この子、笑い上戸だったんだ。なんかツボにはまったみたい。
人が笑う姿とは、周りも巻き込んでいく。いつしか私まで笑っていた。
そんなおかしなテンションの渦の中、格子戸がひらき純にいちゃんが入ってきた。
目の前の笑い転げるふたりの姿に、あっけにとられている。
「なんや、ワライタケでも食べたんか」
「だ、大丈夫、ちょっとふたりして、ツボにはまっただけだから」
私の説明に首をかしげながら、純にいちゃんはいった。
「あや
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