第8話 生まれかわり

 あいるさんと別れ、自転車に乗ってリンカネーションへ帰る途中、ずっと考えていた。あやちゃんに、ミサンガを思い出してもらう方法を。


 とりあえず、葵くんをどうにかしないと。土曜日だったらあやちゃんの旦那さんにあずけられるけれど、お客さんの来店が多い。

 平日の方がゆっくりできる。ここはまた、祖父を使うしかない。


 ロシアケーキにくわえ、マドレーヌもお買い上げした紙袋が、自転車かごの中でゆれていた。これをわたす時、お願いてみよう。


 自転車を土田商店の駐車場にとめ、町家の格子戸をくぐるとしろくんの声がすばやく、飛んで来た。


「どうでした? あいるさん」


 閉店まぎわの店内に、お客さんはいない。私はひとつため息をつき、村上開新堂のカフェで聞いた話をしろくんにも伝えた。

 しろくんは話を聞き、信じられないとばかりに大きな目をさらに大きくしていた。


「そんな……僕たち以外にも――」


「えっ、どういう意味?」


 聞き返しても、しろくんは何も答えなかった。ミサンガについて知っていることがあれば教えてほしいといっても、知らないとしかいわない。いつもニコニコしている顔が、口をかたく引き結んでいる。

 こういう場合何を聞いても、いわないような気がする。


 とにかく、あいるさんの中での優先順位はいま、ミサンガである。あやちゃんに連絡をとると、運が悪いことに葵くんは熱を出したという。


 そんな状況で、ミサンガを思い出してなんていえるわけがない。私は何もいわず、おだいじにといって電話を切った。さあどうしよう。


 しろくんが、近よってきて、うなだれる私の顔をのぞきこむ。


「ミサンガは、葵くんの体調が回復するまで無理ですね」


 子育てって、驚くほど自分の時間を持てない。それに、あやちゃんは暇さえあればお菓子のことを考えている。その貴重な時間で、ミサンガを思い出してというのは酷なのかもしれない。


「プチポワンクロックだけでも、みつかればいいんですけど」


 逡巡する私の心を見透かしたように、しろくんは今するべきことを示してくれた。


「そうだね、今できることしないとね」


 お店のスマホをチェックすると、ベルさんからメッセージが入っていた。


『プチポワンクロックみつかりました!! 九州のアンティーク店の倉庫にありました。九州から直接そちらに郵送してもらうね』


 よかった。みつかったんだ。メッセージとともに画像も添付されている。みると、細部はちがうが、船便で日本にむかっているクロックと似たような雰囲気だった。これなら、あいるさんに納得してもらえる。


 しろくんも、心底ほっとしたように大きく息をはきだした。


「よかった。ほんとよかった。僕これからは、絶対送料をケチりません」


 そのいい方がおかしくて、思わず吹き出した。


「そうだね、これからはいっしょにチェックしようね。なんせ私、英語得意じゃないから」


「まこさんは得意じゃないではなく、できないでしょ」


 うっ、なんか急に生意気だな……。まあいいか。とりあえず、ふたつ抱えていた問題のひとつは解決したから。寛大な姉は、弟の反抗期にも余裕で大人な態度をとらなければ。


「まあ、そうともいう。とりあえず商品が届いたら、あいるさんに連絡だね」


 それから二日後に九州から荷物は届いた。状態は良好。価格も送料込みでジャスト三万でいいと、ベルさんから連絡がきた。

 ぎりぎり新築祝いとして、間に合いそうだ。すぐさま、あいるさんにこの間きいたアドレスに連絡をいれる。


 あいるさんは、病院勤務の薬剤師さんなので夜勤もありシフト制の休みだという。今度のお休みに、お店へきてもらったらいいのだけれど。直接わたしにいった方が、いいだろうか。


 しばらくして夕食時にきた返信には、またしても意味のわからないことが書いてあった。


『時計の件はわかりました。それより京都で、煙突のあるところってどこですか』


 煙突? また夢に出て来たのだろうか。

 今日も祖父の手の込んだ料理を前にして、私はスマホを見て首をひねった。

 棒棒鶏バンバンジーをほおばる祖父に聞いてみる。


「おじいちゃん、京都に煙突のあるところってどこか知ってる?」


 酢豚をつついていたしろくんは、箸をおいた。


「煙突って工場でしょうか。京都市内にはあまり工場はないですよね」


「煙突ゆうたら、銭湯やろ。昔このへんにも銭湯はぎょうさんあったんやけど、どんどん廃業してないわ。残ってんのは、船岡温泉かな」


 棒棒鶏をのみこんだ祖父が、答えてくれた。


「京都に温泉でるの?」


 銭湯といったのに、出てきた名前は船岡温泉。京都に温泉があるなんて知らなかった。


「ちゃうちゃう。温泉ゆうネームバリューがほしいて、日本ではじめて電気風呂いれて特殊温泉の許可もうたそうや」


「ああ、だから関西で電気風呂多いんですね。僕こっちにきてはじめて知りました」


「あ、私も。あれ痛いよね、ピリピリしてびっくり――」


 話がどんどんそれていくので、あわてて煙突にもどす。


「じゃなくて。あいるさんの夢の中に村上開新堂がでてくるんだから、このあたりの煙突ってことなら、銭湯かな」


 祖父にもあいるさんの事情は、はなしていた。


「それにしても、不思議な夢みる人やなあ。それ前世の夢とちがうか。着物きてはる人がおおて、チンチン電車に、セーラー服やろ。戦前ぐらいの風景かもなあ」


「えっ、前世? そ、そんなわけないよ。生まれかわったって、なんの得があるの」


 強い口調で否定して、ハッとする。祖父は私の不機嫌に気づかず、はなしつづけた。


「まこも、よおゆわれてたなあ。兄さんのの生まれかわりやて」



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