第7話 会いたい人
「すいません、わざわざ出むいてもろて」
あいるさんの覇気のない声にドキリとしつつも、私はあわてて口をひらく。
「いえ、とんでもない。こちらのミスなので、直接お詫びにうかがうのが筋ですから」
「あっ、時計はそちらでええようにしてください。同じようなものじゃなくてもかまいません。それよりもあの、お店ではちょっと言いにくいことがあって――」
身構えていた私は、肩透かしをくう。時計のことは、あまり心を痛めていないようだ。それよりももっと、気になることがあるようだけれど、お店では言いにくいことってなんだろう。私は、ゴクリと生つばをのみこんだ。
「あの時、高校生がゆうてましたよね。会いたい人に会えるミサンガのはなし。あれ、詳細はわかったんですか」
なぜここで、いきなりミサンガの話が出るのだろう。想定外の言葉に、私はめんくらう。
「あ、あのミサンガは、うちの染め糸をつかってむかし平女の人たちが編んでたようです。本当に会えるとかで――」
「それって、私でもつくれますか」
あいるさんは、くってかかる勢いで聞いてくる。グイグイせまられている私に、店員さんがオーダーを取りに来た。メニューなんて見る余裕もない。あいるさんのオーダーしたものはまだきていないけれど、同じものをオーダーした。
「えっと、色と編み方が決まってるみたいなんですけど、はっきり覚えてるものがいなくて」
若干一息ついて答えた言葉に、あいるさんの顔色はますますくもる。明るい瞳は左右にゆれ、しばらく逡巡したのち意を決したのか私の顔を真正面からみすえた。
「あの、こうゆうたらすごくずるいと思うんやけど、時計のミスのかわりってことで、ミサンガのつくりかた教えてほしいんです。どうしても今の私に必要なんです」
のみこまれそうな真剣なまなざしから目をそらし、私はますます困惑する。まったくどういう事情の変化なのだろう。
「お、おちついてください。ちょっと意味がわからなくて。あいるさんは、そんなにあのミサンガがほしいんですか」
ゆるくまかれた巻髪をゆらし、あいるさんはこくんとうなずく。私はあまりない想像力を駆使し、あいるさんのおかれた状況を理解しようとした。
つまりミサンガがほしいということは、会いたい人ができたってこと?
それって、一目ぼれかなにかだろうか。名前もわからない、いつ会えるかわからない相手に会いたい。そう考えればこのあいるさんの憔悴は恋わずらいだと、理解できる。
そうかあいるさん、恋をしたんだ。だから、リンカネーションではいいにくい。
なるほどと、納得した私は声をひそめる。
「あの、どなたかに恋をされたんですね。それで――」
私の言葉に、うつむいていたあいるさんの顔はぱっとあがり、首を横にコテンとたおす。
「恋? えっ、恋ですか。会いたい相手が、だれかわからんのに。でもそっか、夢の中の私は恋してるんや」
夢の中の私? いったい、どういうことなんだろう。
「ごめんなさい、はなしが全然みえないです」
「実は――」
あいるさんは、おちつきをとりもどしミサンガをもとめる理由を説明してくれた。
昔から、京都にあこがれをもっていたあいるさん。いったことはないが、遠縁の親戚の家も京都にあるらしい。おばあさまの話によれば、そのお家は旧家のお金持ち。その事実も、京都にあこがれるひとつの要因だったそうだ。
だから、今回の京都への転職のはなしも、考えるまもなく即答だったとか。こうして、あこがれの京都に住みはじめた。
「そんな時にリンカネーションをみつけたんです。すごくかわいいお店みつけて、よかったーって思てたら」
うちに来店した夜から、へんな夢をみるようになった。すごく断片的な夢で毎晩ちがう場面だが、あいるさんは夢の中では同じ人物らしい。
夢の舞台は京都。でも現代ではなさそう。着物を着ている人が多く、道にはチンチン電車が走り、あいるさん自身はセーラー服姿だという。
ここまでいうと、声をしぼり私に耳打ちするようにささやいた。
「ここの、村上開新堂も夢の中にでてきたんです。私、ここに来たことないのに。今日きてびっくりしました。あまりにも夢の通りで」
私は目を丸くする。つまり、どういうこと?
タイミングよく注文した品がやってきた。フォンダンショコラとコーヒーのセット。
「夢の中の私は、冬を待ち遠しく思ってるんです。冬がきたら、やって来る人がいるみたいで」
冬とともに訪れる人……。渡り鳥みたいな人だ。その人に会いたいってことなのだろう。夢の中のあいるさんは。
「その人が誰か、夢を見てる私にはわからんくて。毎晩毎晩いったこともない場所が夢に出てきて、朝起きたらせつない気もちになる。こんなおかしな夢みるの、しんどいんです」
そんな状況の中、店で聞いた会いたい人に会えるミサンガを思い出したという。
「おまじないでも、気休めでもいいんです。とにかくこの夢をどうにかしたい。夢の中で会いたい人に会ったら、すっきりするんちゃうかなと」
雲をつかむような話で、ちっとも現実とは思えない。
それでもやつれて必死に懇願するあいるさんを、馬鹿げていると突き放すことはできなかった。
夢の中のあいるさんと、夢を見ているあいるさん。ふたり分のやるせない気持ちが、私の肩に重くのしかかる。
私はあいるさんに、ミサンガの作り方を教える約束をした。
あやちゃん、思い出してくれるだろうか。
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