第6話 村上開新堂

 花音ちゃんのつれてきたふたりが、夢中で店内を見ている間に、私は花音ちゃんへ話しかけた。


「この間いってた、会いたい人に会えるってミサンガだけど。ここの糸をつかって、自分でつくるみたい」


「えっ、商品とちがうんですか。なんや、自分でつくらなあかんのか」


 花音ちゃんは見るからにがっかりしていた。


「ミサンガって、簡単につくれるよ」


 あまり自分でつくるという概念がなさそうなので、簡単だと教えてあげたのだが。


「うーん、私、絵え描くのは好きやけど手芸はあんまり興味ないかなあ」


 今どきの子だな。あっさりしている。あんなに、知りたがってたのに。でも、そんなものかな。高校生の時の自分を思い出す。

 移り気で、目の前のことに夢中になり、どんどん興味の対象がかわっていった。

 この子たちの流れる時間は、私とは違うんだ。

 うらやましいような、目まぐるしく変化する時流にながされなくてもいいという安堵が、ないまぜになった気持ちになった。


 まあ、よかったと思おう。絶対知りたいと言われれば、あやちゃんに無理やりにでも、思い出してもらわないといけないところだったから。


 閉店間際まで、高校生たちは店内でお買い物を楽しんで帰っていった。ふたたび静かな店内になると、タブレットのメールをチェックする。そうしたら、ベルの店主さんから返信が届いていた。


『おひさしぶり、もうかってますか(笑) メールではあれやし、折り返し電話してええですか』


 送信時間を見ると、三十分前だった。私は、大丈夫ですとすぐさま返信した。すると十分たってお店用のスマホがなった。


「もしもし、リンカネーションの広瀬です」


「ああ、元気そうやね。なんや困りごとみたいで。力になりますよ。そんで、プチポワンクロック探してんの? リンカさん」


 リンカと呼ばれ一瞬戸惑うが店の名前で、よびあうのだとすぐ理解した。


「はい、ちょっとしたミスがあって入荷が遅れてるんです。お客様からのオーダーはいただいてるので。出来たら三万までの壁掛けのクロック。あれだったら、三万を出てもかまいませんので。お願いします」


「ほな、入荷予定やったクロックの画像こっち送ってくれる? うちのショップではいま取り扱ってないけど。アンティークショップのネットワークがあるし、他の店にあるか聞いたげる」


「ありがとうございます。たすかります。お客様は四月末にはご入用なので、それまでに、なんとか――」


「あんまり、日にちないなあ。まあ、できるだけのことはさせてもらいます」


 よかった、とりあえず希望はもてそう。私はもう一度礼をいい、電話をきった。

 時計をみると、すでに閉店時間をまわっていた。いそいで外に出している乳母車と鳥かごを中へなおし、格子戸をしめる。土間の奥の内玄関をあけ、しろくんに声をかけた。


「今ね、蚤の市で知り合ったベルってお店の店主さんに連絡ついて、プチポワンクロック探してくれるって」


 ふりむいたしろくんの顔は、まだいつものニコニコ顔ではなくこわばっていた。


「それで、みつかればいいですけど……。あいるさんには、連絡しましたか? とりあえず、状況の説明だけしておいた方がいいと思います」


 忘れていた。そうだ一番迷惑をかけたあいるさんに連絡しないと。わたしはやっぱり、ダメだな。しろくんにいわれて気がつくなんて。


 アンティークの部屋にもどり、タブレットからSNSでつぶやいた。


『プチポワンクロックをご注文いただいた、Aさまへ。ご連絡したいことがあります』


 今日は仕事なのか、あいるさんからなかなか返事はかえってこなかった。その日の夜。しろくんも帰った後に返信がきた。


『こちらも、ご連絡したいことがありました。来週火曜日の夕方でいいので、お会いできませんか』


 直接会いたいってなんの用事だろう。私はまだプチポワンクロックのミスを、いっていないのに。

 それから、連絡をとりあい火曜日の四時に御所近く、寺町通りにある村上開新堂のカフェで待ち合わせをした。

 お店の店番は、しろくんが来るまで祖父にかわってもらった。お土産にロシアケーキを買ってくる約束で。


 村上開新堂の昭和十年に建てられた白い菓子箱のような建物の前で、大きく深呼吸をする。プチポワンクロックの入荷が遅れ、かわりの商品を探しているとあいるさんには連絡してある。


 ベルさんからは、まだなんの連絡もない。しろくんも、ずっとネットで探しているがみつからない。

 最悪、商品はあきらめてもらうことになるかもしれない。どんなことを言われてもしょうがない。こちらの不手際なのだから。


 覚悟を決め、重厚な木のドアをあけた。タイムスリップしたようなクラシカルな店内。その奥にあるカフェスペースへ足をむける。


 店員さんにいうと、あいるさんはもうきていた。このカフェは和室をリノベーションして、数年前にオープンした。室内にある、すずのカウンターの左の部屋にある席へ案内された。

 日本家屋にとけこんだ北欧の椅子にすわるあいるさんの姿を見て、私は息をのんだ。


 つい十日ほど前、お店で会った姿と様変わりしていたのだ。清楚で明るい空気をまとっていたあいるさんは、一言でいうと意気消沈し顔色がすぐれない。

 疲れているというよりも、物思いにしずんでいるといった方がいい。その暗い表情に私は何もいえず、だまって椅子に腰をおろした。






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