第5話 ショップカード
しろくんの、やわらかい猫っ毛を私は呆然と見おろしていた。
どうしよう。あいるさん、あんなに楽しみにしていたのに。新築祝いを遅れてわたすなんて失礼だ。一か月もまたせることはできない。
でも、これはしかたのないことで……。
「よ、よかったよ。詐欺とかじゃなかったんだから。商品はちゃんとこっちにむかってる。でも、あのプチポワンクロックは、間に合わないね。正直にあいるさんに、いおう。それで他のものにかえるかは、あいるさんがきめることで――」
しろくんは、ガバッと頭をあげ早口でまくしたてる。
「ネットで探します。同じものはなくても、似たような雰囲気のものがあるかもしれない。個人のネットオークションでも、店のネット販売でも。とにかく、探します。これはこの店の信用問題にかかわることで、おいそれとごめんなさい届きませんでしたで、すませられないと思います。僕が招いた事態なんですけど」
大きな目に宿る真剣なまなざしにいぬかれ、簡単にすまそうとした自分の浅はかさを恥ずかしく思った。
そうだ。ごめんなさいの一言で、何もしないで終わりにすることはできない。ここで安易な態度をとってしまっては、あいるさんにも申し訳ない。
「そうだね、お値段は三万円っていってあるから、差額はうちがもとう。しろくんにまかせっぱなしで、荷物が届かないのことを早く気づけなかった私も悪い――」
責任を感じているしろくんへ、ねぎらいの言葉をかけた。かけたんだけど、自分でいってそれはちがうと思いなおす。しろくんに責任をおしつけようとした、私。私も悪いんじゃない。
「ちがうね、悪いのは全部わたし。私が店主なんだから。ごめんなさい。しろくん」
私は、しろくんにむかって頭をさげた。
「まこさんは、何も悪くないです。僕が見落としたんであって」
顔をあげると、目の前にしろくんの今にも泣きだしそうな顔があった。
「ありがとう。でも、最後ちゃんと店主が確認するべきだったんだよ。いくらしろくんが、有能でも。やっぱり店主失格だね私。しろくんに甘えてた」
「でも――」
まだ何かいおうとするしろくんのセリフを、私はさえぎった。
「ここで責任の取り合いっこしててもしょうがない。いますぐ、プチポワンクロックを探そう」
それからしろくんはネットですぐに探しはじめ、私は開店準備にとりかかる。その日は、土曜日。お客さんがひっきりなしに訪れ、私もいっしょに探すことはできなかった。
夕方ようやく、お客さんの人影がなくなると内玄関をあけ、ダイニングテーブルに座るしろくんの背中へ声をかけた。
「どう、みつかった?」
パソコンに向かうしろくんは、首をふる。
「いえ、しらみつぶしにさがしてるんですが、大抵売れてます。あっても、小さいサイズで、あの壁掛けのサイズのものはなかなかないです」
後ろをふりむかないしろくんの声は、だんだん消え入りそうに小さくなった。
そんな、簡単にはみつからないか。
私も探そう。店にもどりライティングビューローの引き出しをあけ、タブレットを取り出そうとした。そうしたら、タブレットの下におかれたショップカードが目に入る。リンカネーションのショップカードにちがう店のショップカードや名刺がまぎれていた。
蚤の市の時に、仕入れたお店の人と交換したカードだった。『ベル』とかかれたセピア色のショップカードが目に飛び込む。そして、私の頭の中ではあの女性店主さんのセリフがリピートされた。
『なんかほしいもんあったら、いつでも連絡して。主にネットで商売してるし』
あの親切な店主さんなら、プチポワンクロックを探してくれるんじゃないだろうか。
私は、すぐにショップカードにかかれたアドレスをタブレットに打ち込み検索をかける。そのホームページのお問合せ欄に、こちらの店名と蚤の市でお世話になったお礼と、依頼をかきこんだ。
すぐに、返事がくるとはかぎらない。かぎらないけれど、もう時間はのこされていない。四月末まで十日しかなかった。
うてる手はなんでもうっておかないと。他のショップカードもみて、数件アンティーク時計をあつかっていそうな店に目星をつけた。もし、ベルの店主さんが無理といえば違う店にもあたってみよう。
問い合わせの返信を祈るように待っていると、元気な声が店内へひびく。
「こんにちはあ。また来ました!」
開け放った格子戸からひょっこり顔を出したのは、先週きてくれた花音ちゃんだった。私はしずんだ口元に力をいれ、両端をつりあげる。
「いらっしゃい。また来てくれて。ありがとう」
花音ちゃんの後ろから、ふたりの女の子たちが入って来る。
「こないだいってた、コラージュに困ってる美術部員つれてきました」
うしろの女の子達は、きゃーという歓声とともにすばやく、靴をぬぎアンティークの部屋にあがってきた。
気持ちをきりかえないと。お客さんに失礼だ。
「コラージュにつかう、紙ものはここにあるから、ゆっくりみていってね」
店主として、親しみやすくそれでいて頼れそうな態度でお客さんをむかえた。
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