第4話 イヤリング

 葵くんが、あやちゃんに腕をのばしぐずりだしたので、あやちゃんはしぶしぶだっこをかわった。


「この子いたら、そっちの部屋は危険きわまりないな。今度は染め糸見よ」


 染め糸の部屋にあがり木製の芯に巻かれた染め糸を片手で取り、かわいいと声をあげていた。

 純にいちゃんは、会社にもどらずアンティークの部屋にあがってくる。ライティングビューローに座っている私のおしりのあたりが、もぞもぞといごこちが悪い。


「最近、お客さん増えてるみたいで、よかったなあ」


 私にほほ笑みかけてくれる目は、どこまでもやさしい。妹を心配する兄の目であっても、そんな目でみられるとうれしくてたまらない。私を見ていたたれ目は、ふっと横に視線をそらせた。


「おっ、この猫こないだのねぎった猫やろ」


 蚤の市でトランクといっしょに仕入れたブサイクな猫。ライティングビューローの上から、純にいちゃんはひょいと持ち上げた。


「これ、値札ついてへんけど、売り物ちがうんか」


 私の視線は左右にゆれる。どういったら、自然だろう。純にいちゃんとお出かけした記念にとっておいた、なんていえるがわけがない。特別感をださずに、それとなく売らない理由は。


「ま、招き猫がわりになるかなって」


 イタリアの猫が、なぜ招き猫? そういう疑問を、純にいちゃんはいっさい考えないみたいで、ふーんと納得している。猫をもとの場所にもどすと、こんどは机の上の紙をしげしげと見はじめた。


「なんや、これ。まこ、なんの絵書いてるんや」


 その紙は、イヤリングとピアスのデザイン画だった。

 タッセルイヤリングは、タッセルの長さと色をかえるだけであとは、ビーズとの組み合わせ。


 それよりも、タティングレースのイヤリングの方が、いろんなバリエーションがデザインできた。レースを二連にもできるし、レースのまわりにビーズも編み込めると西村さんに教えてもらった。


「これ、お客さんからの要望でうちの染め糸から、イヤリングとピアスをつくるの。そのデザインを考えてて――」


 この言葉に、染め糸の部屋のあやちゃんがくいついた。


「え、なになに。どんなん見して」


 純にいちゃんが、デザイン画をとりあげ、土間の上からあやちゃんへ腕をのばしてわたした。


「いやー、かわいいやん。これほしい。なあ純、私の誕生日、これうて」


「はっ? 旦那に買うてもらえよ。なんで俺が」


 純にいちゃんは、みるからにふてくされている。私に対してはすごくやさしいのだけれど、実の姉にはそうではない。そこが、純にいちゃんのかわいいところでもあるんだけど。


「旦那には、もっと高いもん買うてもらうんやろ。日ごろ子育てにつかれてる、お姉さまへのねぎらいのプレれゼントや。まこちゃんとこの売り上げにもなんねんし。なっ、タッセルのやったらどれでもええし」


 大きなあきらめのため息を、ひとつついた。


「しゃあないなあ。俺がえらんでも、文句ゆうなよ」


 純にいちゃんは、あやちゃんにいつも抵抗するけれど、それは大抵の場合無駄な抵抗に終わる。


「あやちゃんの誕生日、五月だったよね。それまでに完成させないと。私がデザイン考えて、レースとタッセルの部分は西村さんにつくってもらうの」


 あやちゃんは、私の言葉をきいて眉をあげた。


「へー、西村さんにたのんだん。そらええわ。お年寄りの持ってる技術に、正当なお金はらったげんのはええことやな」


 けっきょく、ミサンガのことは作り方までわからなかったけれど、ダブルはなちゃんには正直にいおう。

 それよりも、デザインとホームページの作成を急がないと。ホームページの作製は、美大の授業でかじっているので簡単なのはすぐにつくれる。けれど、どうせならこのお店の雰囲気を出したこったつくりにしたい。


 そうすると、いろいろ時間がかかるのだ。

 私は、お店のこととデザイン。それらで頭がいっぱいだった。だから、その週の土曜日になるまですっかり忘れていた。あいるさんのプチポアンクロックのことを。

 イギリスから仕入れた商品は、遅くとも今週中にはつくとしろくんはいっていたのに、土曜日になっても届かなかったのだ。


「おかしいですね。ちょっと、相手のバイヤーさんに確認してみます」


 土曜日の朝。開店前の十時にきたしろくんは、届いていないとわかるとすぐ相手先に連絡した。イギリスとの時差は八時間。

 イギリスはまだ、夜中。メールの返事がかえって来たのは、その日の夕方だった。


 スマホに届いたメッセージを見たしろくんの顔は、どんどん青ざめていく。ただごとではないと察した私は、こわごわ声をかけた。


「どうかした? ひょっとして詐欺とか」


「いえ、商品はちゃんと発送したそうです」


 それを聞き私はホッとしたのだけれど、しろくんの声はかすれていた。


「航空便ではなく、船便で……。航空便だと、十日ほどでつくと思っていたのに。船便だと五十日はかかる――」


 五十日……。あいるさんが言っていた日にちは四月下旬。どう考えたって間に合わない。


「ごめんなさい。送料が安いと思ったのですが、まさか船便とは。確認をおこたった僕の責任です」


 しろくんは、私にむかって深々と頭をさげた。


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