第3話 あやちゃん

 けっきょく、しろくんの有能さにおされネットショップを始めることがきまった。私は、イヤリングのデザインと、ホームページの作成を同時進行で進めることに。俄然いそがしくなってきた。


 そして、ミサンガについてはチョコレートケーキをおいしくいただいた夜。あやちゃんへメッセージをいれると、三日後お店にきてくれることになった。


 平日のお昼。あやちゃんはひとりでやってきた。長かった髪を出産と同時に切り、いつもガーリーな洋服を着ていたのに、今はデニムにトレーナーといういでたち。子供に汚されるし、かわいいかっこなんかできひん。これが口癖だ。


「あれっ、あおいくんは?」


 いつもあやちゃんにひっついている、息子の葵くんの姿が見えない。


「あおは、隣のお母さんに預けてきた。あの子がおったらゆっくり話もできひん。それに、お店じっくり見たかってん」


 土田商店で働いているおばさんに預けたのか。今ごろ隣は大変だろう。

 あやちゃんは、靴をぬぎアンティークの間にあがると部屋の中をぐるぐる見回し、感嘆の声をもらす。


「この部屋ほんま、かわったな。おばあちゃんの時はそつのない美しい空間やったんが、親しみのあるほっこりかわいい部屋になったやん。ええと思うわ、まこちゃんの雰囲気に似て。そや、今日はあのかわいい子いいひんの?」


 あやちゃんは、すでにしろくんと一度会っている。


「しろくんは、夕方からくるよ」


 見るからに残念そうに肩をおとしたあやちゃんは、一番小さいサイズの革のトランクを手にとった。


「でも、純に聞いたけど恩返しって今どき珍しい子やな。そんで誰に対する恩なんか、いまだにいわへんのやろ?」


「うん、こっちもなんか聞きそびれちゃって。でも、ずっとただで働いてもらってて、いいのかな。お店もしろくんのおかげで、すごく助かってるのに」


「まあええやん。本人がそれでええて、ゆうてんねやから。このトランクかわいい。店出したら、こんなんおきたいわ」


 あやちゃんは、将来自分の洋菓子店を出すのが夢なのだ。トランクをおいて、今度はガラスのお皿を見ている。


「お客さんもふえて、売り上げよくなったんやろ。これでおばさんも、やいやいいわへんって」


 母からの電話は、最近忙しいといってすぐに切ってしまう。実際、お客さんがいるのだから、切る理由はあるのだけれど。

 もともと大学の四年間だけ、親元をはなれるという約束だった。卒業したら東京へ帰ると約束していたのだ。だけど店をつぐと同時に、なす崩し的に京都にい続けている。

 私は帰りたくないと、はっきり母にいったことはない。


「うん、まあボチボチかな――」


「ほんで、ミサンガの話ってなに?」


 母に思考をすいとられそうになり、あやちゃんの言葉でハッとする。そうだ、今日はミサンガのことを聞くためにわざわざきてもらったのに。

 わたしは簡単に、ことのいきさつを説明した。


「ああ、平女のお姉さんらがつくってたのかな。ちょうど私が小学校低学年の時やった。ここの糸つこて、みんなでミサンガ編んではったわ」


 平女とは、平安女学院の略称である。


「会えるミサンガって、売り物じゃなくてここの糸をつかって自分でつくるってことなのね」


「そうそう、なんやここの糸がええんやて。他の糸ためしてもあかんってゆうたはったわ。たしか、色も編み方も決まってたような」


 ミサンガは世代をとわず、なぜか高校生の間ではやる。私の高校時代もサッカー部のマネージャーをしていた友人が、部員の数だけミサンガを編んでいたことを思い出した。試合に勝てますようにといって。


「でも、なんで会いたい人に会えるって限定なんだろ?」


 ここまでいって、しろくんがうちにはじめてきた時にいった『やっとあなたに会えた』のセリフが、よみがえる。

 まさか、しろくんもそのミサンガつくったってこと? でも、ミサンガの話がでてもなにも反応しなかったけれど。それに、不器用なしろくんにはミサンガなんてつくれなさそう。


「さあ、知らん。でも将来の恋人に会わせてくださいって、縁結び的な意味合いもあったような気がする。それやったら、みんな夢中になるわなあ」


「そのミサンガのつくりかたは、わからないのかな?」


 できれば、それがわかればダブルはなちゃんたちは大喜びしそうなんだけれど。


「うーん。糸さわったら思い出すかなあ。たしか私もおもしろがって、おねえさんらといっしょに、つくってたし」


 じゃあ、思い出してといおうとしたら、格子戸の外から元気な声がした。


「ママ!!」


 葵くんをだっこした純にいちゃんが、店に入ってきた。今日は少しだけ暑い。ジャケットをぬぎ、白いワイシャツ姿の純にいちゃんは外光を受けかがやいて見える。一方、あやちゃんはどよーんと、あきらかに肩をおとした。


「えーー、もうギブアップ? もうちょっと子守りしてほしかったのに」


 すごく残念そうな声をうけ、純にいちゃんは苦笑いをする。


「しゃあないやろ。あおが、ママってさがすんや。なあ、あお」


 大人しくだっこされている葵くんの、丸いおでこに純にいちゃんはこつんとおでこをくっつける。

 うわあ純にいちゃん、パパになってもやさしそう。絶対、イクメン決定だ。

 私の脳内ではいまこの状況で純にいちゃんの隣にたつ自分の姿を妄想し、頬を赤らめていた。





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