第9話 ふたりのまこと
「おじいちゃん、ごめん。その話、もう何百回も聞いたからやめてよ。恥ずかしい」
心の動揺が外にもれやしないかと思いながらつとめて明るい声を出し、祖父にやんわり釘をさす。
「まこさんって、お兄さんいらっしゃったんですか」
私がやめたがっている会話を、しろくんは強引に続ける。お願いやめて。顔にはりつけた笑顔が崩れないうちに。
「小さい頃に、亡くなったんやけどな。誠実の一字、
ガタン! 町屋のリビングに椅子を押し、勢いよく立ち上がった音が不快に響く。
「ごめん、煙突の話。あいるさんに電話してくる。お茶碗は後で私、片付けるから。おいといて」
スマホを握りしめ、私はせまく急な階段をかけあがる。息切れとは別の動悸で、胸がおしつぶされそうだった。
兄の誠は、母の不注意で亡くなった。
お昼寝をしていた誠がひとりで起き上がり、施錠されていなかった玄関から外へ出た。母は、台所でウトウトしてその物音に全く気づかなかったそうだ。
気づいたら、家の中に誠の姿はない。外に出た誠が車にひかれたのは、その後だった。
だから、私は小さいころ母の膝の上で育った。また不注意で子供を死なせないよう、過敏な母の監視の元に。
何度いわれただろう。『麻琴は、誠の生まれかわりなのよ』って。
私は、かわりじゃない。そういいたかった。
けれど、失ったものをとり戻しみちたりた母の顔を見ると、どうしてもいえなかった。
この世に生まれかわるなんて、そんな夢物語あるわけがない。あいるさんの夢も、きっと誰かの話や、子供のころに見た映像のつぎはぎにきまっている。前世の記憶なんて、ばかばかしい。
*
日曜日の昼下がり、ラッピングしたプチポワンクロックを持って、船岡温泉へやってきた。あいるさんとこの前で待ち合わせをしたのだ。
私が到着すると、純和風の
ほっそりした背中は真っすぐと伸び、煙突をじっと見ている。夢の中の煙突はここだったのだろうか。
「こんにちは」
私が声をかけると長い髪がゆれ、あいるさんはふりむいた。
私は深く頭をさげる。
「今回の件は本当に申し訳ございませんでした。かわりのお品を気にいっていただき、ありがとうございます」
あらためてもう一度おわびをいうと、あいるさんは目をふせた。
「新しい時計の画像見たら、前のよりかわいいぐらい。雨宮さんもきっと喜んでくれると思います。だから、この件はこれで終わりということで。それで、あのミサンガの方は――」
「すいません、まだわからないんです。作り方を覚えているかもしれないものが、今忙しくて。思い出せるかどうかも、わからなくて」
私は言葉をにごす。
けっきょく、葵くんの体調はなかなか戻らなかった。発熱の次は下痢がつづいているという。
あやちゃんにこれ以上負担をかけたくないという気持ちに加え、もしわからなかったその時、あいるさんを落胆させたくなかった……。
「そうですか」
私を見ていた顔は、後ろを振りあおぐ。
「ここの煙突、違うみたいです。夢では、夜で。月明かりの下、煙突がぼんやり見えてた。私の夢、内容も情景もはっきり覚えてないこともあるんですけど、感情だけは強烈に体の中に残るんです」
そういってふり向いたあいるさんは、せつなげにほほ笑んだ。
「夢の中で煙突を見た日、念願かなって冬に訪れる人に会ったんです。その時の胸もはりさけんばかりの幸福な気持ちが、まだ私の心に残ってる。そして冷たい空気の中、抱き合ったぬくもりまで」
そんな感情と、生々しい感覚。誰かの話や映像をつなぎ合わせたものなんだろうか。やはり、前世の記憶?
……違う、前世なんてあるわけない。
「夢の中の私は、会いたい人に会えたみたいやし。これでよしとしようかな。夢はまだ、見続けてるけど」
「あいるさんは、それでいいんですか」
何をいってるの、私。あやちゃんがミサンガを思い出せる確証もないのに。ミサンガをしたって、夢が終わるわけでもないのに。
「冬にやって来た人、すっごいかっこいいみたい。なんかぽーっとなってたし、夢の中の私。それやのに、闇の中の逢瀬やったから、愛しい人の顔みえへんかった。めっちゃ残念やけど」
ここまでいって、あいるさんはおどけてわざと大きく肩をおとす。
「だから、もうミサンガはいりません」
冗談っぽくあいるさんは、いってくれたけど、なんだか後味が悪い。あいるさんには迷惑かけたのに、何も力になれなかった。
せめて、沈んだ気分を少しでもかえてもらいたい。
「あの、この近くにおもしろいカフェがあるんですけど、いきませんか」
私はつとめて、明るい声をだした。
「えーおもしろいて、どうおもしろいんですか。気になるなあ」
興味をしめしたあいるさんを、船岡温泉から徒歩数分のさらさ西陣というカフェに案内した。
「えっ、ここさっきみたお風呂屋さんと同じような建物やけど」
あいるさんは、カフェに見えない純和風の建物の前でポカンと口をあけている。
「中に入ったら、もっとびっくりしますよ」
店内に入ると、奥の壁一面グリーンのマジョリカタイルがはられている。よく見ると、壁の一部はこわされ、低い位置に等間隔で小さな穴が開いていた。
「なんか、銭湯みたいなカフェですね」
あいるさんの言葉に、私はにんまり口の端をあげる。
「そうです、ここ元銭湯だったんです」
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