第二章 猫の首に鈴
第1話 いろいろな挑戦
あいるさんも帰り、店内には私としろくん、西村さんだけとなった。
ボブのたれた横髪を耳にかけながら、私はしろくんをみる。
「えっと、いろいろご意見いただいたよね」
「はい、まとめるとみっつですね。まず、アクセサリー販売の要望。会いたい人に会えるというミサンガの詳細。そして、プチポワンクロックの取り置き。以上です」
てきぱきと、しろくんがまとめてくれたので、私のぼんやりしていた頭は動き出す。店を再開して、これほどお客さんの相手をいっぺんにしたこともなければ、要望をもらったこともなかった。
慣れたお客さんにいつも通りの染め糸なので、要望がでることもない。しかし、要望をもらうというのは、こんなにもうれしいのだとにぶい頭が徐々に動きはじめた。
「アクセサリーはお店的にもいいよね。うちの染め糸のアピールにもなるし。なにより売れそう。でも、誰がつくる? 私はそこまで、時間とれないし――」
しろくんは、腕を組み白い指をあごにそえる。
「ハンドメイド作家さんにたのんだらどうでしょう? ネットで募集するとか」
「そうしたら、お店のカラーがこわれるんだよね。ある程度作家さんにこういうのをつくってほしいとはお願いできるけど、あまりきっちりしたオファーだと。委託じゃなく買取りになるし。うちは買取りでもいいんだけど。作家さんって自分のカラー持ってる人が多いから」
しろくんは、私の耳でゆれる藍色のタッセルイヤリングをしげしげみつめてきた。
「それって、つくるの難しそうですね。ビーズもついてるし。金具も。僕には絶対むりだろうなあ」
まさか、しろくん自分でつくろうと思ったんだろうか。あんなに不器用なのに。そこまで考えてくれるなら、私も忙しいでは片付けられない。
「えっと。タッセルさえあれば、あとはビーズとかのパーツをつなげればいいだけだし。そんな時間は、かからないかな」
しろくんは組んでいた腕をほどき、顔の前でパンと手を打ちならした。
「じゃあ、タッセルだけ誰かにつくってもらえばいいんですよ。手先が器用な人に」
「手先の器用な人――」
私としろくんの視線は、染め糸の部屋でもくもくと背中を丸め、タディンレースを編んでいた西村さんへ吸いよせられた。
「「西村さん!!」」
ふたりで土間にぴょんと素足でおり、そのまま染め糸の部屋へあがりこむ。
耳からはずしたタッセルを、きょとんとする西村さんの目の前につき出した。
「こういうの、作れますか!」
西村さんの細い目は私の顔から徐々に視線がさがり、タッセルをみる。
「ああ、ふさ飾りやな。昔そういえば、カーテンまとめるふさ飾りの内職したことあるわ」
「えっ、すごい偶然。なんてラッキー、おばあちゃんのお導きかな」
「手先の器用な人って、なんでもできるんですね。僕、尊敬します」
私としろくんは興奮しすぎて、口々に好き勝手なことをいいたてる。
そんなおかしなふたりを、西村さんはあきれ顔で……けれども孫をみつめるようなやさしい眼差しをむけてくれた。
イヤリングとピアスのデザインは、私がする。タッセルとタディングレースの部分は、西村さんにうちの染め糸でつくってもらい、手間賃を支払うことにした。
それを私が、ビーズや金具をつけて仕上げる。
西村さんも、内職でまたお金がかせげるとよろこんでいた。かせげるほど、売れたらいいんだけど……。
いや、売れるデザインを私が考えればいいのだ。そして、店頭に並べる商品とは別に、好きな染め糸を選んでオーダーしてもらってもいい。
よし、まずはデザインからはじめよう。それと、金具などのパーツもネットで購入してと。要望のイヤリングはこれでなんとかなりそう。あとは、ミサンガだけど。
「ミサンガは、おじいちゃんに夜にでも聞いてみるね。また今日もお茶会にでかけてるし」
「はい、あとはイギリスからの荷物ですね。遅くとも来週中にはくると思います」
「荷物がついたら、一番にプチポワンクロックの手入れをしてあいるさんへ連絡と。あっ、連絡先きいてない!」
私は連絡先を聞き忘れたミスで、一瞬ひやりとする。
「SNSでクロックの画像をあげたらいいんじゃないですか? 名前はふせて、入荷しましたって」
しろくんの冷静な判断で、動揺した心がおちついてくる。
「ネットって便利だよね。わたし、どうも苦手意識があったんだよね。おばあちゃんのやり方どおり、顔と顔を合わせてものを売りたいって。でも今回はネットでいい商品仕入れられたし。お店の情報も発信できるし」
しろくんは、大きな目を細めふにゃりと笑う。でもいつもの人なつっこい笑みに、いくばくかのたくらみがしみていた。
「ネットのよさがわかったところで、前から提案している染め糸のネット販売を本格的に考えましょう。今は、実店舗のないネット限定のお店もあるぐらいです。店舗は店舗のよさを残して、ここの染め糸のよさをもっとネットを使って、知ってもらうべきだと思います」
ほんわかした笑いとは、正反対な力強い声。この笑顔はひょっとして、つくり笑いなのだろうか。
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