第16話 プチポワンクロック

「なにそれ、おまじないかなんか? おもしろそう」


 花菜ちゃんの言葉に、花音ちゃんまで興味津々になっている。ふたりは店主なら、知っていると思ったのだろう。期待をこめて、土間をはさんだアンティークの部屋にいる私をみつめてきた。


「えっと、私はわからないな。ごめんね」


 もじもじと手を組みかえる私の横で、しろくんは明るい声を出す。


「西村さんなら、知ってるかも」


 しろくんが染め糸の部屋へいき、西村さんに聞いている。行動がすばやい。ほんと、猫みたい。


 西村さんは高速で動いている手をとめず、しわがれた声を小さく丸い体から発した。


「さー、知らんなあ。ここで、一番古いお客さんゆうたら、横井はんやろ。まこちゃん、横井はんに聞いてみ」


 祖父の天敵、横井さん。今度お店に来られた時に、聞いてみようか。それとも、祖父に聞いた方がいいのか。

 答えは出ないが、とりあえず私はふたりに約束する。


「ミサンガのことは、しらべておくね。アクセサリーも考えてみるから」


 するとしろくんが、営業スマイルなのかふにゃりと笑い、ダブルはなちゃんへ声をかけた。


「店主のSNSやってるから、ちょくちょくのぞいてください。アクセサリーできたら、アップするので」


 とたん、ふたりは「きゃー、お兄さんかわいい」とはしゃぎ出した。

 そのはしゃいだ声から逃げるように、しろくんはまた私の隣へ帰ってきた。


 看板娘ならぬ、看板猫みたいだ。ダブルはなちゃんは、これからしろくん目当てにお店に来てくれそう。


 とにかく、アイデアもらったことは、すごく貴重。お客さんの声は天の声です。しろくんがああいったのだから、アクセサリー製作を本格的に検討しよう。


 店内をくまなく見て満足したふたりはレジへ移動し、小物をいろいろお買いあげしてくれた。レジは、アンティークの部屋のライティングビューローの上においてある。


 ボーイッシュな花菜ちゃんは、鍵と風景のポストカード。鍵はネックレスの長さで革ひもをつけてあげた。

 美術部の花音ちゃんは、コラージュにつかえそうな古切手や楽譜、ポストカード。お花の好きなママにお土産といって、一輪ざしになりそうな小さなガラスびんをお買いあげしてくれた。


「そうや、美術部の子おらにここ教えてあげよ。みんなコラージュにこまってたし」


 花音ちゃんが、新規のお客さんを紹介してくれるみたい。たとえ彼女たちの買うものは少額でも、若い子にお店へきてもらえるだけでうれしい。


 ふたりが帰ってから、あの女性のお客さんもレジにやってきた。


「これ、かわいいですね」


 差し出されたのは、木製のミシン糸の芯に巻かれた絹糸だった。しろくんに首をかしげられても、大量に買った木製の芯。


 鳥かごにつめる糸玉をつくっている時、気づいたのだ。

 日焼けした糸は表面だけで、コーンの内側の糸はまだまだ美しい発色をたもっていた。


 一度廃棄するときめた糸を、また店頭にもどすのは気がひける。ならば、何かちがうものに作りかえたらいいのではと思ったのだ。


 木製の芯をきれいにし、絹糸を巻いた。それをなん十個も染め糸の部屋に、小さな値札シールをはってならべておいた。よかった、これに気づいてくれる人がいた。

 女性の白く小さな両手の中には、パープル系とピンク系の糸合わせて五つのっていた。私の目元が自然とさがる。


「お部屋にかざってもいいし、何か手芸につかってもいいですよね」


 女性の顔が、パッと明るくなる。かわいらしい顔立ちが、花が咲いたよにかがやいた。


「そうなんです。飾り棚にかざろう思て。それに、レース編みにも使えるし」


 レジの横にたっていたしろくんが、また営業スマイルを披露する。


「何を編まれるんですか」


「あっ、ドイリーとか小さいものです。私、薬剤師してて大阪から転職して、こっちに引っ越ししてきたんです。前の病院に比べたら、時間に余裕できて。今まで忙しいて、できんかったことしてます」


 しろくんの営業トークは続く。これぐらいの年齢の女性は、苦手じゃないみたい。


「いろんなもの編んで、楽しんでくださいね」


 女性は、さもうれしそうにその言葉にかえした。


「はい。アンティークも、もっとみたいし、また来ます」


 この方も、リンカネーションを気にいってくれた。お店をやってて一番うれしいのは、お客さんに『また来ます』といわれた時かもしれない。

 女性は少しうつむきながら、長い髪の毛先を指でくるくると巻きはじめた。


「あの、実はさがしてるもんがあって。今回の転職でお世話になった人が、いまお家を建てたはって。新築祝いに、アンティークの時計がいいかなと思てるんです。そういうの好きな人やし」


 私としろくんは、顔を見合わせた。ネットで仕入れた商品の中に、いくつか時計があったのだ。

 私はライティングビューローの引き出しから、タブレットをとりだした。


「まだ、お店には到着してないんですけど、イギリスから仕入れた時計があるんです」


 私は仕入れた時計の画像を、女性にいくつかみせる。


「あ、このお花の時計とか好きそうや。その方雨宮さんゆうんですけど、イングリッシュガーデンが趣味で、リビングの壁紙の一部をリバティにしたて、ゆうてたし」


 女性が指さしたのはプチポアンクロックといって、本体は真鍮製、文字盤部分に花の刺繍がほどこされた壁掛け式の時計だった。


 およその販売価格を三万円と伝えると、転職のお礼もかねているから、それぐらいだったらいいという返答だった。


「思い切って聞いてよかった。かわいい時計、絶対気にいってもらえるわ。おうち完成するの、4月の下旬やし、それまで入荷しますか」


 しろくんが、すばやく営業スマイルになる。


「注文してだいたい十日でつく予定なので、もうすぐです」


 女性はよかったと、ホッとした様子。私もつられて安心した。


「あの、お名前うかがってもいいですか。商品取り置きしておきますから」


 女性はうれしそうに目を細め、形のいい薄い唇をひらいた。


「私、西園寺あいるっていいます。西園寺って言いにくいし、あいるてよんでください」


 あいるさんは緊張がとれたのか、人なつっこい笑みをうかべた。








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