第15話 タティングレース

 私の心臓はビクンとはねる。やっぱり西村さん怒ってるんだ。あわててあちらの部屋にいこうと足をふみ出すと、しろくんに肩をつかまれとめられた。


 おどろいて、しろくんの顔をみると『まあ、みててください』と目で合図してくる。そうはいっても、あの子たちが怒られたらもうこの店に、二度ときてくれない。ここで嫌な思いなんて、してほしくない。


 しろくんのとめる手を振り払おうとした瞬間。とつぜん見知らぬおばあたんに話しかけられ、びっくりしているふたりへ西村さんは、また声をかけた。


「ええもん、あげるし。こっちおいで」


「ええもん?」

 とふたりはいぶかりながら、西村さんに近づいていく。手を出すようにいわれ、恐る恐る差し出したふたりの手のひらに小さなものがのせられた。


「キャー、なにこれめっちゃかわいい。えっ、これなんですか? レースみたいやけど」


 ふたりの反応がうれしかったのか、西村さんは顔中くしゃくしゃにして答えた。


「タティングレースのモチーフや」


「「タティングレース?」」


「ほら、みてみ。こういう道具つこて編むレース編みや」


 その言葉にすいよせられるように、西村さんの手元をふたりはのぞきこむ。

 タティングレースとは、船形をしたシャトルとよばれる道具を使う手芸。かぎ針をつかうレース編みよりも、しっかりと硬く仕上がる。編むというよりも、結んでいく方法だ。


 西村さんは、長年着物の絞りの内職をしていたほど手先が器用。絞りの内職は引退しても、手先をつかいたいと、この店を聞きつけ数年前にこられた。そしてここの糸を使い、タティングレースをはじめた。


「このレース、キラキラしててきれいやわ」

 花菜ちゃんが花の形に編まれた淡いピンク色のレースを見ていうと、西村さんの口のはしがあがる。


「そら、絹やしな。絹は光沢があって、上等な着物の生地になるんえ。その色は桜で染めた色や。ほんまの桜の花みたいやろ」


「そんなんもろて、ええんですか」


 花音ちゃんが上等という言葉を聞き、西村さんに手のひらのモチーフを差し出す。


「かまへん、かまへん。うち暇でこんなんばっかし、つくってるさかい。たくさんあるし、もろて。そっちのお姉さんも、どうぞ」


 もうひとりの静かに染め糸をみていた女性のお客さんにも、西村さんは声をかけた。

 女性は二重のきれいな目を丸くしていたが、西村さんの方へすなおに歩みよった。


「ここの糸、すごいきれいですよね。色がどれもやさしいし。このレースもとてもきれいです」


「そやろ。職人さんの手仕事で染めてんのやし。人の手えからうまれたもんは、あきがこおへん。それにここの糸、手間かかってんのに安いねん。隣の糸屋の仕事してへん会長、いちおうこの家のだんさんや。そんで、ここの店主は商売っ気ない。お手頃価格や」


 店主の私にかわって、西村さんが染め糸を売り込んでくれる。でも……。


「商売っ気なかったのは、先代の祖母です。私はちゃんともうけようって思ってますから」


 ちょっと現在の店主としての威厳をだしていったら、


「ついこの間まで、商売っ気なかったじゃないですか、まこさん」


 しろくんが茶々をいれる。


「こ、これから、がんばるの」


 私のなさけない返事にその場にいた、お客さんがいっせいに吹き出した。


「店主さんとお兄さん、おもしろーい。夫婦めおとまんざいみたい」


 花菜ちゃんに、笑われた。というかからかわれたのだろうか。

 うっ、高校生からこのあつかい。でも、まあいいか。親しみやすい店主ってことで。


 やれやれと思っていると、ダブルはなちゃんたちが口々にいいだした。


「このレース、ピアスとかイヤリングにしたらかわいいかも」

「ほんま、ほんま。お姉さんのふさのイヤリングもかわいい思ててん」


 とつぜん話をふられ私は、あっけにとられる。たしかに、今日は手作りのイヤリングをつけていた。


「えっ、このタッセルのこと?」


「そうです。それ売り物ちがうんですか? あんまり高いと買えへんけど。ほしいわ。それに、このレースも絶対イヤリングにしたらかわいい」


 花音ちゃんの提案に、花菜ちゃんも言葉をたす。


「このお店、いっぱいかわいいもんあるけど、アクセサリーないな思ててん」


 そういわれれば、アクセサリーがあってもいいのかもしれない。ダブルはなちゃんにいわれてはじめて気づいた。女の子のかわいいにアクセサリーは、てっぱんだ。

 ここの糸を使って、タッセルイヤリングを作って売ってみようか。でも、私そんなことしている時間あるかな。


 商品がふえて、管理も大変になってきた。まだ蔵には蚤の市で仕入れ店頭にだしていない商品もある。

 それに、タッセルはなんとかなるけど、タティングレースは完全に無理。つくったことないし。新しい商品に頭をめぐらせていると、タティングレースを透かしてみていた花菜ちゃんが、ふと思い出したようにいう。


「そうや、バレー部の先輩がゆうてたんやけど、ここにむかし、会いたい人に会えるミサンガがあったて。ほんまですか」


 普通ミサンガは切れたら願いごとがかなうといわれている。会いたい人に会える。そんな限定的なお願いにきくミサンガなんて、聞いたこともなかった。




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