第12話 耳でゆれるイヤリング

 芝生広場で仕入れた商品の整理をしていたら、私のほほにあたたかなものがふれた。


「ほら、コーヒー。それとホットドッグ。もう昼や」


 トレーをもった、純にいちゃんだった。キッチンカーで買ってきたみたい。

 あわててデニムのポケットからスマホを出し時刻を確認すると、もう十二時をすぎていた。思わず、『ごめん』といいそうになり言葉をのみこむ。


「大変。有給午前中だけだったよね。それに、つきあってもらったお礼にお昼はおごろうと思ってたのに。そのコーヒーとホットドッグのお金はらうよ」


 早口でいいポシェットをさぐろうとしたら、両手にグイグイと、コーヒーとホットドッグをおしつけられた。


「いらん、いらん。それに、会社は多少遅れてもかまへん。リンカネーションの染め糸はうちの糸なんのやから、今日は仕事の一環みたいなもんや」


 ……仕事の一環。そう、だよね。純にいちゃんにとったら、それぐらいのことだよね。

 私の耳でむなしく、イヤリングがゆれた。仕入れとはいえ、ふたりで出かけるなんてデートみたいだと、ドキドキした自分がなんかみじめだ。


 ネガティブな感情がひたひたと、胸にしみてくる。

 ダメダメ、妹にてっしないと。口のはしを無理やりあげた。


「仕事だったら、もっとこき使ってもいい? ほかに仕入れた商品あるの。ガラスの食器とか重いものは、買ったお店であずかってもらってて。あとでいっしょに取りにいって」


「はいはい、お安い御用や」


 屈託なく笑い、ホットドッグを豪快にほおばる姿に、胸がしめつけられた。そうだよね、私はこのポジションであってるんだよね。


 モソモソと食べ始めたホットドッグの味なんてぜんぜんわからなかったけれど、私はおいしいとほほ笑む。そのほほ笑みをみて、純にいちゃんは口をひらく。


「猫田くんとは、うまくやってるみたいやな。安心したわ。最初、めちゃめちゃあやしいヤツやったけど」


 純にいちゃんは、たまに様子をみにお店へ顔を出す。

 もう食べ終えコーヒーをすすっている横顔を、私はみた。


「うん。しろくんに助言してもらっていろいろ始めたら、お客さん少しずづふえてきたんだよ。地域のフリーペーパーに宣伝のせたり、美容院とかカフェにフライヤーおかせてもらったら」


 純にいちゃんは、うんうんとうなずきながら聞いている。


「あと、イギリス人のバイヤーさんとつながって、アンティークをネットで注文してみた。まだ、アンティークの値段とか私よくわからないんだけど、しろくんが相場しらべてくれて」


「楽しそうやな、まこ」


 私のみていた横顔が、ふいうちでこちらをむく。


「ばあちゃんは染め糸にこだわってたけど、もうこのご時世や。染め糸やめてアンティークの雑貨屋一本になってもええんちゃうか」


 さとすような、いたわるような目線にたえられず、思わずうつむいた。


「おじいちゃんも同じようなこといってたけど、私はやめたくない。今は古物の商品充実させるのでいっぱいいっぱいだけど、おちついたら、染め糸の売り方考えようと思ってる」


「そうか。いらんこというて、すまん。あそこは、まこの店やしな。それに俺もあの壁一面の染め糸の雰囲気は好きや。単純にきれいやと思う」


 私じゃなくて染め糸だけど、純にいちゃんに好きといわれたらうれしくなって、ぱっと顔をあげる。


「お店に来る人も、みんなあの染め糸にはびっくりするの。とくにシルクの糸はキラキラしてすごくきれいだって」


「それは、うれしいな。土田商店自慢の最高級絹糸やし――」


 ここで純にいちゃんの言葉はとぎれて、私の顔をしげしげとみる。顔ではなく耳をみている。


「ひょっとしてこのイヤリング、うちの糸つこてんのか」


 純にいちゃんの右腕が、私へむかってのびてきた。とつぜんすぎて、息がとまる。いつも私の頭をなでる大きな手が、耳でゆれるイヤリングにさわった。


 耳にふれるか、ふれないか。体温だけがつたわる距離。ただ絹糸を使ったイヤリングに興味があるだけ。

 それ以上の感情は、純にいちゃんにない。


 わかってる。わかっているけれど。その先を期待してしまう。


 あさましい期待感に、めまいがしてクラクラする。クラクラするけど、何かいわないと。変な空気をはらむ沈黙は、心臓に悪すぎる。


「え、えっと、こ、これ。タッセルっていって、い、糸をたばねて私がつくったんだ」


「へー、この深い青はアイやな。きれいな色や」


 あ、あ、愛? ち、ちがうちがう。藍染の藍をいってるんだ純にいちゃんは。だめだ、今私の顔はきっと、真っ赤になっていることだろう。


 えっと、熱でもでたってごまかそうか。あっ、そんなこといったら、絶対大騒ぎされる。


 赤い顔の理由をさがしていたら、純にいちゃんの視線は私より遠くへむけられた。


「あれ、猫田くんやん。どないしたん」


 純にいちゃんのいる右側をむいていた顔を、私は左にすばやくひねる。

 そこにはリュックを背負ったしろくんが、無表情でたっていた。


 いつも、ニコニコしてるのに何か怒っているのだろうか。










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