第10話 蚤の市

 春といってもまだすこし肌寒い朝。平安神宮の前にある岡崎公園にきていた。私が今たつ神宮道の奥には、朱塗りの豪壮な応天門がみえる。

 強い風がふいて、身をすくめると隣にたつ人のあわてた声がした。


「寒いんやろ、まこ。俺のジャケット着るか」


 スーツ姿の純にいちゃんが背をかがめ、私の顔色をうかがってくれる。


「大丈夫だよ。それにしてもちょっと早くきすぎたかな。私、蚤の市なんてはじめてで」


 現在、朝の八時。平安蚤の市の開始は九時からだった。


「こういうとこは始まる前から、業者同士の買い付けがはじまってる。早いにこしたことない。天神さんや弘法さんなんて、まだ暗いうちから業者がくるそうや」


 毎月二十一日は北野天満宮、二十五日は東寺で骨董市が開催される。京都人はその骨董市を、天神さん、弘法さんと親し気によんでいる。


「ごめんね、午前中有給とってまで、つきあってくれて」


 私は申しわけない気持ちを胸に、純にいちゃんをみあげた。

 しろくんの提案は、この平安蚤の市での仕入れだった。

 ちょうど都合のいいことに、話をした日から数日後が開催日。おまけに定休日の月曜日だった。


 仕入れとなると、運搬に車がいる。祖父はそうそうに免許を返納していた。しろくんは、その日朝から講義だという。おまけに免許はもっていない。


 すると祖父が、

「純弥をつかえ。会長特権で有給とらすさかい」

 という鶴のひと声で、純にいちゃんとの仕入れがきまった。


 しろくんは、講義をさぼってでもいくと主張したが、それはダメだと私は断った。勉強は学生の本分、さぼるなんてさせられない。


 しろくんは、すごく蚤の市にいきたかったんだろうな。

 たしかに入り口から応天門まで、春のかすんだ青空の下、ずらりとお店のテントがならんでいる。その景色は、圧巻。自然と買い物意欲が刺激された。


「あやまらんでええ。俺こういうの、ようわからんけど」


 純にいちゃんは、小学校から大学までサッカー一筋の体育会系。アンティークなんて趣味は、さっぱりわからないとよくいっている。

 なおさら、つきあわせて悪いと思う私だったが。


「わからんけど、まこの楽しそうな顔みれんのやったらええわ。はよ店みたいんやろ、俺のこと気にせんといっといで。なんかあったらスマホに連絡し」


 そわそわしているのが完全にバレている。今日は動きやすいように、デニムに薄手の白のセーター。せっかくの純にいちゃんとのお出かけだけど、唯一おしゃれしたのはお手製のイヤリングだけ。

 お店の預金からおろした軍資金は、斜め掛けポシェットに入れて前でがっちりガード。


 ぜったい、祖母が残してくれたこのお金を有効につかう。そう意気込んで、テントの波へ足を一歩ふみだした。


 いったい何件のお店がでているのだろう。歩いても歩いても、テントの下のお店は続く。一般のお客さんはまだ少ない。業者らしき人が数人うろついていた。

 のんびり見物している余裕はない。いいものは早く売れるという。とにかく私のセンスにビビッときた店をのぞいていく。


 蚤の市ではアンティークのような高価な品物ではなく、主にブロカント、古物が多い。そして、天神さんや弘法さんはおもに日本の骨董が多いが、ここ平安蚤の市は西洋のものが多かった。


 出店しているお店は、実店舗を構える店から、ネット専門、蚤の市限定など、さまざま。とにかく、安くていいものを。私は目を皿のようにしてみてまわる。


 手近な店をのぞく。ここは食器類が多い。おもにヨーロッパのデッドストックのものだろう。食器はうちの店にはまだある。今はいらない。

 はい、次の店。こんな感じでどんどん店をみていく。


 すると、ようやく目当ての店をみつけた。主に紙ものをあつかっている店だった。

 大きなトランクの中に、古いポストカードがたくさん入っていた。

 欧米では、なにかにつけカードを送り合う習慣がある。日本の葉書とはまた違う、絵柄がかわいい年代物のカード。


 雪景色にそりがかかれたカードはクリスマスカード。うさぎの絵柄はイースターだろう。

 高校生たちはこんな古いカード興味ないかもしれないけど、部屋にかざっておくだけで安価で欧米の雰囲気を楽しめる。


 とにかく小さな商品でも、お客さんにはかわいいをみつけて帰ってほしい。あのお店にいくと、なんだかワクワクする。そう思ってもらえることをお店のコンセプトにしようと、これまたしろくんと話し合ってきめたのだ。

 

 絵柄のかわいいカードを物色してから、キョロキョロと店の人をさがす。女の人が段ボールから商品を出してならべていた。私はおずおすと緊張した声を出す。


「あのーちょっといいですか? 私、お店を経営してまして大量に仕入れたいんです。……安くしてもらえませんか」


 祖父からとにかく値切るよう、指導をうけてきたのだ。こういうところは値段があってないようなもの。かけ引きしていかに安く仕入れるか、それが商売人の腕のみせどころ。そういわれてきたが、値札通りにしか買い物したことない私には、かなり高いハードルだった。女性のリアクションが気になり目がおよぐ。でも、すぐに女性は答えてくれた。


「若い店主さんやな。どんなんほしいん? まだ出してないんもあるし、ゆうて。まとめてうてくれんねやったら安すんで」


 よかった。若い子だって、しぶい顔せずにまけてくれそう。


「かわいい紙ものがほしいんです。カード類のほかに何がありますか」


「うっとこにあるんは、古い楽譜とか古書、それに、古切手はいっぱいあんで。トピカルごとに袋にいれてるし」


 切手はわかるけど、トピカル? なにそれ。














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